
この記事をまとめると
■マツダはNSUとの提携から7年かけてロータリーを量産化
■アペックスシールによるチャターマークが最大の技術課題だった
■孤軍奮闘の末に量産化を実現しRX-7へと技術をつないだ
コスモスポーツ誕生を支えた技術革新
1967年、東洋工業(現在のマツダ)はロータリーエンジンを搭載するふたり乗りスポーツカーのコスモスポーツを発売した。1960年にドイツのNSUと技術提携を交わしてから7年の歳月を経ていた。なぜそれだけの年月を必要としたのか。
時代背景として、1960年を前に通商産業省(現在の経済産業省)が国内に乱立しはじめた自動車メーカーを再編し、日本の自動車産業の国際競争力を高めようと模索した。これをうけ、マツダを含めホンダなども自主独立を目指し企業の価値を高めようとした。そのひとつが、マツダのロータリーエンジン開発である。
ロータリーエンジンは、ドイツ人技術者であるフェリクス・ヴァンケルの発明による回転運動を活用したガソリンエンジンだ。ヴァンケルはその開発でドイツのNSUと協力し、市販車の段階まで進めた。だが、ロータリーエンジン特有のチャターマークと呼ばれる外枠(ハウジング)内側の傷の対応が十分できずにいた。
マツダもその課題解消に苦労し、7年もの歳月を費やすことになった。ロータリーエンジンは、繭型をしたハウジングの内側を、三角形をした回転子(ローター)が、偏心しながらまわる。偏心とは、回転中心が移動しながら自転することをいう。
横長の繭型の内側を、三角形をしたローターが常に3つの頂点をハウジングと接しながら回転するには、ローターが左右へ振れながらまわる必要がある。それが偏心だ。
回転する間、三角形のローターの3つの頂点は常にハウジングと接しながら偏心することにより、ローターとハウジングの間にできる空間が大きくなったり小さくなったり容積を変化する。これが、吸気や排気、そして圧縮の容積変化をもたらし、圧縮された混合気が点火プラグによって着火され、燃焼する。
この吸気/圧縮/燃焼/排気の4工程は、シリンダーのなかをピストンが往復する通常のエンジンと同じだ。ピストンにピストンリングを設けることで圧縮した混合気が漏れないようにするのと同じように、ロータリーエンジンも三角形をしたローターの頂点にあるアペックスシールにより、ハウジングとの隙間が密閉される。しかし、アペックスシールがハウジング内側に密着し、なおかつ偏心して回転を続けることで共振が起き、チャターマークというひっかき傷がハウジングの内側にできる。
解決策として、マツダは最終的にアルミニウム合金とカーボンの複合素材でアペックスシールをつくり、ローター内側には硬質のクロームメッキを施すことで量産化へつなげた。そこまで数々の試行錯誤があった。
ロータリーエンジンは米国のゼネラルモーターズや日本のトヨタ、日産なども一時期手掛けたが、唯一マツダが開発を続けた。ロータリーエンジンに自動車メーカーとしての生き残りを賭けていたからだ。しかし、世界でただ一社での開発は独自で解決策を見つけるしかなく、時間を要した。
ピストンエンジンのように、世界の自動車メーカーが取り組めば、『3人寄れば文殊の知恵』ということわざのように多様な発想が生まれ、解決の糸口をつかみやすくなる。しかし孤軍奮闘では、時間がかかるのはやむを得ない。それでもマツダは達成し、コスモスポーツ発売後には4年間で5車種ものロータリーエンジン車を世に出し、RX-7の誕生にもつなげた。
