
この記事をまとめると
■日産が北京モーターショー2026で「テラノPHEVコンセプト」を世界初公開
■テラノは1986年に生まれRVブームの波に乗るも2002年には国内から消滅
■中国市場向けモデルを軸に輸出展開も計画されているが日本への導入については未定だ
RVブームの申し子がまさかの復活
1986年、日本の自動車市場はまさにRVブームの夜明け前にあった。三菱パジェロが火を付け、トヨタ・ハイラックスサーフが後を追う。そんな状況に割って入る形で日産が投入したのが、初代テラノ(WD21型)だ。
そのデザインはカリフォルニアにある北米日産のスタジオ「NDI(ニッサン・デザインインターナショナル)」が担当し、ボンネット先端の3本のスリット、力強い前後ブリスターフェンダー、そして後席用の三角形ウインドウという個性的なディテールで、当時のクロカン車としてはかなり新鮮な都会的イメージをもっていた。
北米ではフェアレディZと同じVG30型エンジンを搭載していたことから「オフロードのZカー」と呼ばれるほどの存在感を放ち、さらに1987年からはダカールラリーに参戦。日産のブランド力向上にも大きく貢献した。
1995年に登場した2代目(R50型)テラノでは、R32スカイラインGT-R譲りのアテーサE-TSをベースにした「オールモード4×4」を搭載したモデルが注目された。スイッチをオートに入れておくだけで路面状況を瞬時に判断し、後輪駆動から4輪駆動の間で駆動力配分を変えるこのシステムは、当時としてはかなり先進的なものだった。
しかし2代目は、初代の際立った個性とは対照的にデザイン面では初代ほどの存在感を示せなかったともいえる。RVブームの沈静化も逆風となり、2000年にデビューしたエクストレイルに後を譲る形で、2002年に国内販売を終了した。日本国内での事実上の後継車はなく、海外でのみ「パスファインダー」として3代目・4代目へと進化し、大型化・3列シート化を果たして生き続けた。
そして2026年4月24日、北京モーターショーのステージに突如として「テラノPHEVコンセプト」が現れた。日産のCEOイヴァン・エスピノーサは「日産にとって象徴的なネーミングを復活させるモデル」と位置づけ、最新のプラグインハイブリッド技術を搭載し、日産が培ってきたオフロードでの高い走行性能を継承するとした。アウトドアでの走破性と都市部での快適な通勤というふたつのニーズに応える、というコンセプトは、初代が「オンもオフも走れる」として打ち出したあの思想と、どこか通じるものがある。
ビジュアルで注目を集めているのが、リヤゲートに装着されたスペアタイヤだ。日産マークを彷彿とさせる意匠のタイヤカバーが採用されており、オフロードSUVとしての個性を強烈に主張している。また、フロントマスクに配置された3本の横スリットは、明確な初代へのオマージュといえる。
日産はテラノについて1年以内の市販化を予定しており、NX8と同様に輸出も計画している。日本への導入については現時点で明言されていないが、24年ぶりに「テラノ」の名前が復活したこと自体、RVブームを記憶する世代には素直に嬉しいニュースだろう。
