
この記事をまとめると
■ランボルギーニの高性能モデルに与えられる特別な称号が「SV」だ
■SVの初登場はミウラで最新モデルはアヴェンタドールSVJとなる
■レヴエルトSVの登場にファンの期待が高まっている
ミウラで初登場したランボルギーニの「SV」
ランボルギーニが、そのプロダクションモデルに最初に「SV」の名を与えたのは、1971年に発表された「ミウラSV」でのことだった。ちなみにランボルギーニはこのとき、SVをイタリア語で「スピント・ヴェローチェ(超越した速さ)」を意味するものであると説明した。
ミッドに横置き搭載された4リッターのV型12気筒エンジンは385馬力にまで強化され、リヤサスペンションに新たなデザインを採用するなど、シャシーでも大きな進化を果たしたミウラSVは、確かにミウラシリーズの最終進化型として、究極的な運動性能を実現したモデルにほかならなかった。
SVの名はさらに、テストドライバーのボブ・ウォレスが個人的なプロジェクトとして製作し、後に「J(イオタ)」の名を得てデリバリーされたワンオフモデルのレプリカを望むカスタマーのために、ランボルギーニのファクトリーでミウラから特別に改造された車両を表す、「SVJ」、あるいは「SVR」などにも社内的に使用されている。
このミウラの後継車として登場した「カウンタック」は、1974年から1990年まで生産されるが、その一連のシリーズにSVの名をもつモデルが誕生することはなかった。SVはミウラのみに与えられた特別な、そして伝説的な称号なのだと誰もが考えるようになったころ、突如としてそれが復活したのは1996年のこと。ランボルギーニは「ディアブロ」のラインアップに、このSVの名を掲げた魅力的なモデルを追加設定してきたのだった。
話は1993年にまでさかのぼる。この年はランボルギーニが設立されて30周年というアニバーサリーイヤーであり、それを記念するために同社はディアブロをベースとした「SE30」と呼ばれる高性能でかつ軽量な限定車を発表した。当初は1994年と1995年の両年に150台を限定生産するとされていたSE30だがその人気は高く、結果的にランボルギーニは197台のSE30をデリバリー。さらにこのなかで20台ほどは、さらなるハイパフォーマンス化を実現するための、通称「イオタキット」を装着したモデルだったという。SE30の注目度は圧倒的だったのだ。
その人気を背景に誕生したのが、SE30のコンセプトを継承した、しかしながら今度はシリーズモデルとしてデリバリーされることになった「ディアブロSV」だった。ちなみに1996年のジュネーブショーで発表されたときには、SVは「スポーツ・ヴェローチェ」の意であるとされた。
ミッドの5.7リッターV型12気筒エンジンは500馬力以上の最高出力を誇り(SE30は525馬力、SVも1997年モデル以降は530馬力が正式なスペックとなる)、同時に装備の簡素化やインテリアでカーボンやプラスチック素材を積極的に導入したことで1530kgの車重を実現。さらにこのSVは、当時のディアブロのラインアップではもっとも安価なモデルであったのだから、カスタマーの目がこのSVに集中したのはいうまでもないところだ。
また、1996年に製作されたワンメークレース仕様の「ディアブロSVR」やまた1998年に1年のみ生産された「SVロードスター」も忘れてはならないディアブロ時代のSVモデルだ。
