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TVに映すな! このレース出禁! ポルシェの「そこまでやるか」なレースにかける執念 (2/2ページ)

TVに映すな! このレース出禁! ポルシェの「そこまでやるか」なレースにかける執念

この記事をまとめると

■ポルシェは創業初期からモータースポーツに積極参戦してきた

■数々のレーシングカーで得られた技術は市販車にも還元されている

■モータースポーツシーンで結果を残し続けたことがポルシェの技術力の高さを証明している

モータースポーツ参戦は最先端技術の研鑽のため

「スポーツカーレースに参加することは、自動車メーカーとして最先端技術の研鑚を意味し、市場に対して企業技術力を示すことになるため、我が社はモーターレーシングに積極的に参戦する」という企業理念を表明したのが、1947年に創業を開始したポルシェAGである。そしてこの姿勢は、現在までブレることなく貫き通されてきた。

 そのポルシェのレーシング史は、創業から4年目の1951年にスポーツカーレースの最高峰、ル・マン24時間に始めて参加しことが大きな1歩となっている。車両は同社が生産する1086ccのポルシェ356で、751〜1100ccクラスでみごとにクラス優勝(総合20位)を獲得。その後のポルシェのレース活動を予見させる結果となっていた。

 以後、ポルシェはスポーツカーレースにレース専用車種のカテゴリーが設けられるようになると、さらに積極的な活動姿勢を示し、904を始めとする一連のレーシングプロト/スポーツを送り出し、ル・マン24時間を始めとするレースで成功を収めてきた。

 とくにル・マン24時間での活動に目を向けると、スポーツカーレースに参加することこそスポーツカーメーカーとして企業の義務、を自負するポルシェの姿勢を見ることができる。1960年代に入ってから、ル・マンの主役はグループ6/4のレーシングプロト/スポーツが担うかたちとなっていたが、ポルシェは906から910、そして907、908、917と続く一連の高性能モデルを開発して参戦。917で初めてル・マン制覇を成し遂げた。

 しかし、917が圧倒的な強さを発揮したことでスポーツカーレースから締め出されることになり、行き場を失ったポルシェは、代替案として917ターボによるCAN-AMシリーズへの参戦に進路変更。ポルシェはここでターボ技術に磨きをかけ、911ターボの市販化に結びつけている。このターボテクノロジーこそ、その後のレーシングポルシェを支え、成功に導く大きなカギになっていた。

 折しも、ヨーロッパにおけるスポーツカー選手権は、3リッターのグループ6プロト規定がうまく軌道に乗らず、シルエットフォーミュラといわれる新グループ5規定への移行が検討される時期だった。基本は量産車ながら、外観やメカニズムの大幅な変更を認めた車両カテゴリーで、ポルシェはここに935を送り出す流れとなった。当時の911シリーズは930系で、その930系のグループ5モデルとなるため935のネーミングが与えられた。

 ちなみに、935を作るベースモデルとしてグループ4規定の車両が必要なため、そのモデルを930系のグループ4モデル、934と命名。また、3リッターグループ6モデルが930系のターボエンジンをベースにしたため、こちらには936の車両名が与えられた。

 934がそのままレースモデルとして使われる例は少なく、そのほとんどは935にビルドアップされたが、ポルシェAG製の935は数少なく、1979年のル・マンで優勝したクレマー935K3もクレマー、ヨースト、アンディアルといった実力派のコンストラクター/チューナーの手がけた935のうちの1台だった。

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