
この記事をまとめると
■最近は近距離移動用にマイクローの需要が増えている
■かつては海外にもユニークなマイクロカーが存在した
■日本でも最近まで製造していたメーカーがある
今も昔もマイクロカーは密かな人気カテゴリー
近年、近距離移動の手段のひとつとして注目を集めている「超小型モビリティ」は、環境負荷の少ないBEVとすることでランニングコストを抑え、近距離移動の手段だけでなく、観光用の移動手段として導入されるなど、幅広い用途で使われるようになりつつある。
そんな超小型モビリティは、名前の如く軽自動車よりも更にコンパクトなボディをもっていることが大きな特徴となっているのだが、ここでは過去に存在した軽自動車よりも小さなマイクロカーを振り返ってみたい。
メッサーシュミット KR200
ドイツの航空機メーカー、メッサーシュミットが1950年代に生産した車両で、航空機メーカーらしく、戦闘機のキャノピーのようなアクリル製ルーフを備え、前後に2人が座るタンデムレイアウトを採用。この車両は第2次世界大戦が終了したあと、航空機の製造が禁止されたことで生まれたものでもあった。
後席の後ろに174ccの空冷2ストローク単気筒エンジンを搭載し、操縦桿のようなバータイプのハンドルを備えていたのも、航空機メーカーらしいものとなっていた。
イソ・イセッタ
イタリアのイソ社が1952年に発表したマイクロカーであるイセッタ。イソ社はもともと冷蔵庫や暖房器具を製造していたメーカーで、1940年代から50年代にかけて、スクーターやオート三輪も手掛けるようになっていた。
それまでのクルマとは一線を画す特徴的で愛らしいスタイルを備えたイセッタの最大の特徴は、車体の前部がドアとなっているという構造だったが、これも冷蔵庫メーカーだったイソ社らしい発想だったのかもしれない。
そんなイセッタは話題を集めたものの、自社での製造は早々に終了した。ただ、その先進的なメカニズムから、ほかのメーカーからライセンス生産で生まれた車両が存在し、なかでもBMWが手掛けたものはおよそ13万台もの台数が生産されるスマッシュヒットとなった。
ピール P50
イギリスのマン島に本拠を置いていたピール・エンジニアリング社が1962年にリリースしたマイクロカーであるP50は、大人1人にショッピングバッグひとつ分という必要最低限のスペースを備えたものとなっており、エンジンはモペッド用の49ccの2ストロークエンジンが流用されていた。
モペッド用のパワートレインを流用したことでバックギヤをもたない構造となっていたが、車両重量は60kgを切る軽量さで、方向転換が必要な際はリヤに備えられたグリップハンドルをもって、人力で行うことができるようになっていたのも特徴。
日本では馴染みのない車両ではあるが、イギリスの人気自動車番組である「トップギア」で取り上げられたこともあるため、一定数の知名度を持っている車両でもある。
タケオカ・アビー
日本のマイクロカーとして長い歴史をもつのが、富山のタケオカ自動車工芸がリリースしているアビーだろう。1982年に3輪マイクロカーとして登場したアビーは、1984年には4輪へと進化した。
そのあともアップデートを繰り返しながらも、パワートレインには一貫してホンダ製の原動機付自転車用の50ccのものを使用し続けていたが、2025年10月末に50ccの原付バイクの生産が終了したことで、アビーもファイナルエディションを最後に終売となることが発表されている。
