この記事をまとめると
■1970年代のオイルショックで脱ガソリンの動きが広まった
■アメリカでは既存のクルマにバッテリーやモーターを搭載するEVが作られた
■技術が未熟だったせいもあり不完全な乗り物として世に放たれた
EV黎明期に生まれた珍車があった
1970年代のオイルショックがクルマの歴史に与えた衝撃は、想像を遥かに超えたものであったことはいうまでもないでしょう。軒並みスーパーカーの生産が中止になったことをはじめ、全世界の自動車メーカーが省エネ開発に走ることで、クルマ好きにとっては灰色の時代を迎えてしまったのです。しかし、そんなタイミングで、早くもEVコンバート車が生まれたのも事実。いまをときめくEVとは違い、原始的ともいえる電動車は、自動車メーカーではなく、スノーモービルを作っていた企業による意欲作でした。
誕生の引き金は「オイルショック」という国難
1970年代、世界は2度のオイルショックに見舞われ、大排気量のマッスルカーを乗りまわしていたアメリカ人は、急騰するガソリン価格に悲鳴を上げることに。危機感を募らせた米国政府(エネルギー省)は、大胆な脱石油政策を打ち出します。それが、EV開発をおこなう企業へ、多額の政府補助金を交付する大号令でした。
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この「国策」という名のゴールドラッシュに目をつけたのが、テキサスのベンチャー企業、ジェット・インダストリーズ(Jet Industries)社。もともとはスノーモービルなどの製造にかかわっていた技術者たちが集まり、一攫千金を狙ってEV産業へと参入したのです。
自動車メーカーから「ドンガラ」を買い取る力技
とはいえ設立間もないベンチャー企業に、ゼロから自動車を開発・生産する体力はありません。そこで彼らがとったのが、既存のガソリン車からエンジン一式を取り除く、あるいは最初からエンジンをもたない車体(グライダー)を自動車メーカーから買い付け、自社の電動システムを組み込むといった、「コンバージョン(改造)EV」という手法でした。
彼らはマツダやスバルの軽トラックをベースにした商用バンを次々とEV化し、一定の成功を収めたあと、1980年代の幕開けとともに、満を持して投入した乗用モデルが「エレクトリカー007」でした。
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ベースに選ばれたのは、当時のクライスラーが放った俊敏なハッチバック、ダッジ・オムニ024(またはプリマス・ホライズンTC3)です。傾斜したフロントマスクに、スポーティな3ドアファストバックのシルエット。フルサイズ全盛のアメリカにおいて、比較的コンパクトであったことも選ばれた理由のひとつといわれています。見た目は当時の最新流行をいく、カッコいいスポーツクーペそのものでした。しかし、一度ボンネットを開け、乗り込んでみると、そこには現代の目から見ると信じられないような、「超アナログなEVの世界」が広がっていたのです。
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