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土屋圭市が雨のF3でみせた驚異のドリフト走行 (2/2ページ)

雨の西仙台ハイランドでポールポジション獲得!

 常識では考えられないかもしれないが、土屋さんの真骨頂「ドリフト走行」にも挑戦したという。
「F3でもドリフトはやってみた。でも、タイヤを滑らせるとチームからすごく怒られるんだよね。箱はタイヤの限界を超えてカウンター当てるのが当たり前なんだけどさ。でも雨の西仙台ハイランドではポールポジションを獲得した。ほかのドライバーはズルズルで滑ったらアクセルを戻す。でも俺にとっては滑ることは何でもなかったからアクセルを踏んで行ける。決勝レースは雨で中止になっちゃったんだけどね」

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やはりマシンコントロールは抜群のものがある。笑いながら「30歳を超えていたしね、グループAが本業で、F3はバイトだよ」と語る土屋さん。もちろんそれは冗談でステアリングを握れば常に全力だ。だが、F3をやめる決心をしたのは2人のドライバーを見たことが理由だと語る。

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「マカオGPにも出場した。そのとき、あのミハエル・シューマッハ、ミカ・ハッキネンと一緒に走ったんだ。そのとき『あぁ、これはムリだな。俺がどんなに努力してもこのジャンルじゃ勝てない』ってハッキリわかった。ハコなら勝負できる自信はあったけどね。そのあと富士スピードウェイでF3世界一決定戦が行われた。そこで6〜7番手は走ったんだけど、シューマッハやハッキネンは見えなかった。やっぱり俺のフィールドはここじゃない、俺の身体はハコに適しているんだって思った。だからその後、箱で世界の頂点と闘うためにル・マンに行ったんだよね」

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 しかしF3で走った経験も、その後もっとベテランになってから、ドライビングの糧になったという。そしてフォーミュラでも雨で強かった土屋さん。なぜ雨が得意になったのかは、また次の機会に紹介しよう。

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