地域によっては「住民の助け」になるのになぜ? 日本で欧米型「ライドシェアリング」が普及しないワケ (1/2ページ)

地域によっては「住民の助け」になるのになぜ? 日本で欧米型「ライドシェアリング」が普及しないワケ

アメリカでは安価で利便性が高いことから浸透していった

 ライドシェアリング、という表現がある。ただし、これは国や地域によって、その意味が違う。直訳すれば「相乗り」なので、たとえば自動車教習所が受講生を自宅近くまで小型バスで送迎するのも、ライドシェアリングだ。また、タイムズなどのカーシェアをライドシェアリングと呼ぶ国もある。

 とはいえ、経済メディアなどでよく見かける「日本ではなぜ、ライドシェアリングが解禁されないのか?」といった文脈でのライドシェアリングとは、アメリカのウーバーやリフトを指した解釈だ。

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 日本でウーバーといえば、飲食物を配達するウーバーイーツを思い浮かべる人が多いが、ウーバーのルーツは、個人の所有車をまるでタクシーのように使うビジネスモデルにある。

 筆者はアメリカでの生活のなかで、2010年代中盤過ぎからウーバーやリフトを日常的に使うようになった。

 最初は、一部の人たちが「本当に大丈夫?」と恐る恐る使う、といった感じだったが、2010年代後半になると、アメリカ人にとってライドシェアリングは「タクシーやレンタカーに比べて安くて便利」という、庶民にとって当たり前の移動手段となっていった。

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 その過程で、タクシードライバーでつくる労働組合がライドシェアリング反対運動を起こしたり、一部の自治体ではライドシェアリングを禁止したり、また一部の空港ではライドシェアリングの空港敷地内への乗り入れを禁止するなど、紆余曲折があったのが、結局はライドシェアリングの利便性が世論を大きく動かした。

 ところが、コロナ禍となり状況は一変した。感染に対する安全性の確保から、ライドシェアリングの需要は一気に減少しているのが実情だ。

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