「ポルシェとは」と聞かれたら「研究所」と答えるのが正解! 単なる自動車メーカーじゃないその姿とは (1/2ページ)

「ポルシェとは」と聞かれたら「研究所」と答えるのが正解! 単なる自動車メーカーじゃないその姿とは

この記事をまとめると

■ポルシェとは何かについて解説

■「ポルシェは研究所だ」と説明することができる

■その所以や歴史について解説する

ポルシェは博士の「研究所」から始まった

「ポルシェってなに?」女の子のなにげないつぶやき。ですが、これはポルシェの核心を衝くような言葉にほかなりません。普通のメーカーであれば「フェラーリって高いの?」とか「日産マーチって乗りやすい?」みたいな言葉になるかもしれませんが「なに?」とくると、こう答えざるを得ません「ポルシェは研究所だよ」と。

 なにしろ、創業当時は「ポルシェ博士の原動機・車両の設計・コンサルティング会社」(Dr. Ing. h.c. F. Porsche GmbH, Konstruktionen und Beratungen für Motoren und Fahrzeugbau)という事務所としてスタートしながら、今やポルシェの名を冠したクルマは年間30万台以上が売れているのです。つまり、ポルシェは博士の「研究所」からすべての端を発したと考えると、ポルシェというブランド、もちろんクルマまでが理解しやすくなるはずです。

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フェルディナンド・ポルシェ博士画像はこちら

 似たようなベクトルとしてあげられるのがフェラーリ。あそこは「レーシングチーム(スクーデリア・フェラーリ)がレース参戦のためにクルマ売り始めた」わけで、クルマづくりはあくまでビジネスと割り切っていたのです。ポルシェ博士も理想のエンジン、最高の車両を追い求めて設計・開発を進めた結果が現在のブランドを築き上げたわけで、決して「クルマわんさか売って儲けよう!」というモチベーションではなかったはず。

 ところで、1930年代には「研究所」も興し、売れっ子だったフェルディナンド・ポルシェ博士ですが、ナチスのために戦車やら国民車(いわゆるフォルクス・ヴァーゲン)を設計した戦犯として戦後に収監されてしまいました。その間に息子のフェリー・ポルシェらが設計・開発を引き継いでポルシェ初の市販車356が生まれたのですが、搭載されたエンジンは空冷水平対向4気筒エンジン。すなわち、博士が1910年代に航空機用として設計・開発したユニットの発展型です。また、ご存じのとおりRRというレイアウトも、国民車開発のノウハウが活かされていることは言うまでもありません。

ポルシェ356のサイドビュー画像はこちら

 この356はアメリカでバカ売れして、発足したばかりのポルシェAG、つまり自動車(販売)メーカーの屋台骨を支えたのでした。さらに、45年になり国民車がVWビートルとして市販されると研究所に莫大なパテント料が入ることに。ちなみに、フェルディナンド・ポルシェ博士が国家社会主義ドイツ労働党員だったため、「ナチとズブズブの関係」などと思われがちですが、前述の通り売れっ子だった博士の技術と名声を「ヒトラーが利用した」というのが事実に近いところではないでしょうか(ヒトラー発注の国民車は成功したものの、戦車は大失敗を喫しています)。

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