この記事をまとめると ■EVがまだ特殊なクルマであった1990年代にGMは「EV1」をリース発売した
■EV1は「ZEV規制法」への対応のために開発された
■電池性能に関する課題が浮き彫りになってEV1は顧客から回収された
i-MiEVの登場よりも10年も前にGMがEVを量産していた 新車価格が高いとか、モデルによってはリセールバリュー(下取り価格)が下がるとか、最近は数が増えたといってもまだまだ普及が十分とはいえない充電インフラとか、EVに関する課題はいろいろあるが、それでも日本を含めた世界各国の自動車メーカーは、EVの量産を始めている。
本格的なEV普及はまだ先というイメージがあるが、数十年前と比べると、EVはすっかり「普通のクルマ」になった印象がある。
そんなEVがまだ「特殊なクルマ」であった1990年代、アメリカのGM(ゼネラル・モーターズ)が「EV1」を世に出した。
GM EV1のフロントスタイリング 画像はこちら
主な目的は、カリフォルニア州環境局の大気保全委員会(CARB)が中心となって策定した「ZEV(ゼロエミンションビークル)規制法」への対応だ。ZEV法は1990年に施行されているが、EV1はZEV法が一部改正された後の1996年から1999年に量産されている。
EV1のスペックを振り返ってみると、ボディ寸法は、全長4310mmx全幅1765mmx全高1283mm、ホイールベースが2512mmの2ドアクーペ。デザインのイメージは、ホンダの初代「インサイト」っぽいが、世に出たタイミングはEV1が先だ。モーターは最高出力102kW、最大トルク149Nmという仕様である。
GM EV1の透視イラスト 画像はこちら
GMはEV1量産に至る過程で社内プロジェクト「インパクト」を立ち上げ、EVの知見がある専門家を招集して水面下でEVの研究開発を進めていた。
GMインパクトのフロントスタイリング 画像はこちら
EV1の販売方法についてはリース契約のみとし、GMがEV1に関するデータ収集をしやすい環境を構築したのだが、電池性能に関する課題が浮き彫りとなり、GMはEV1計画全体を中止し、それに伴いリース契約した顧客からEV1を回収した。
EV1計画の終焉に向かう過程で、EV1ユーザーの間からGMに対する不信感や不満が噴出したこともあり、EV1計画全体がGMの失策だという解釈を示すメディアや個人がいる。そうした社会の動向については、映画「Who Killed the Electric Car ? (誰が電気自動車を殺したのか)」に詳しい。
GM EV1のリヤスタイリング 画像はこちら
なお、EV1の叩き台となったプロジェクト「インパクト」の開発を進めた中心人物が運営するカリフォルニア州内企業が、テスラ創世記において、テスラに対して技術的な契約を結んでいた。筆者は以前、同社を現地取材しており、その際に同社幹部らからプロジェクト「インパクト」およびテスラとの関係について詳しく聞いている。