この記事をまとめると
■2001年にアストンマーティン史上最速のクルマとして登場したのがV12ヴァンキッシュだ
■V12ヴァンキッシュはフェラーリを超えることを目標に開発された
■アストンマーティンが創業したニューポートパグネルで生産された最後のモデルとなった
打倒フェラーリを掲げたアストンマーティン
20世紀の終盤から21世紀の初頭にかけて、アストンマーティンはアメリカのフォードがオーガナイズする、プレミアム・オートモーティブ・グループ(PAG)を、ジャガー、ランドローバー、ボルボ、ディムラーなどとともに構成していた。フォードはアストンマーティンの商品がもつ魅力を高めるために新型車の開発に積極的な支援を行い、その結果、1994年には「DB7」が誕生。それは1999年にはマイナーチェンジが施され、搭載エンジンをそれまでの3.2リッター直列6気筒DOHCスーパーチャージャーから、5.9リッターのV型12気筒DOHCに変更した「DB7ヴァンテージ」へと劇的に変化させるなど(オープン仕様のヴォランテも同様である)、2004年までアストンマーティンのコアモデルとして多くのカスタマーに高く支持されることになる。
だが、このDB7ヴァンテージに並行して、アストンマーティンではもうひとつの新型車プロジェクトが進行していた。それは2001年のジュネーブショーでオフィシャルデビューを飾った、さらに高性能なスーパーGT、「V12ヴァンキッシュ」だ。
アストンマーティン・ヴァンキッシュのフロントスタイリング画像はこちら
ちなみにヴァンキッシュとは、「征服する」、あるいは「打ち勝つ」といったところが一般的な日本語訳だが、そのなかには「相手を叩きのめす」といった、いささか過激な意味も含まれている。ならば当時アストンマーティンは誰をヴァンキッシュしたかったというのか。それは当然のことながら、同時期に「550マラネロ」を市場に投じていたフェラーリと考えるのが自然である。
それだけにV12ヴァンキッシュには、当時の最先端技術が数多く導入されていた。アルミニウムのセンターセクションには、クラッシュボックスとしての機能も担う、カーボン製のフロントセクションなども組み合わされるが、それらの接合に接着技術を用いる手法には、あのロータスも深く関係していた。そして、この接着方式によるアルミニウム製の基本構造体は、その後「VHプラットフォーム」と呼ばれ、アストンマーティンの象徴的存在となるのだ。
アストンマーティン・ヴァンキッシュのリヤスタイリング画像はこちら
フロントに搭載されるエンジンは、DB7ヴァンテージに使用されたオールアルミニウム製のV型12気筒を基本に、そのチューニングをさらに進めたものだ。シリンダーヘッドや吸排気システムは新設計され、圧縮比の10.5ももちろんDB7ヴァンテージのそれよりも高い。さらには専用のECUやエキゾーストシステムに新たに背圧コントロールシステムを採用したことなどで、V12ヴァンキッシュは460馬力の最高出力と556Nmという最大トルクを得ることに成功したのだ。ちなみにこの数字は、最高出力ではDB7ヴァンテージ比では43馬力増という結果になる。