なんだかんだいってもう無料化は無理
<バイパスはなぜ無料にできたのか>
一方で、地方のバイパス道路には、有料でスタートしたものの、のちに無料開放された例がいくつか存在する。1985年に開通した八王子バイパスは2015年には無料化されている。そのほか、神奈川県の城ヶ島大橋や愛知県の尾張パークウェイ、兵庫県の姫路バイパスなど全国に事例はいくつもある。このような成功例を見ると、なぜ本線高速道路が無料にならないのか、という疑問が生まれるのは当然だ。しかし、バイパスは一般道の延長線上にある位置づけで、建設規模も本線より小さい。いってみれば「一般道の延長線としてのバイパスに、期間限定で料金所を設置していた」に近い。無料化の判断基準が債務残高と年間収益のバランスにあるが、バイパスの規模と高速道路本線は桁違いだ。
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もうひとつ重要なのは、無料化してもネットワーク全体の収支に与えるインパクトが比較的小さい点である。高速道路会社にとって、短いバイパスの料金収入は、ネットワーク全体のなかでは限られた割合にすぎず、そのぶんをほかの路線の収入や国の支援などで吸収できる見込みがある。すると、地域交通の利便性向上や渋滞緩和、事故の減少といった社会的なメリットを優先して、「ここはもう無料にしましょう」と判断しやすい。これに対して、首都高や東名・名神のような幹線の料金収入は、ネットワーク全体の経営を支える収益構造の中心であり、ここを一気に無料化してしまうと、道路会社の収支はたちまち成り立たなくなる。バイパスが無料にできても、高速道路全体を同じロジックでタダにできないのは、この規模と役割の違いが大きいのである。
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<首都高がむしろ値上げされる理由>
ではなぜ、首都高は「無料化どころか値上げ」なのか。まず考慮すべきは、道路は一度できてしまえば終わり、ではないということだ。毎日大量のクルマが走る路線では、舗装の補修、トンネルや橋脚の点検・補強、老朽化した設備の更新など、維持管理に莫大な費用がかかる。とくに首都高は高度成長期に急ピッチで整備された区間も多く、今まさに大規模更新の時期を迎えている。高架橋を架け替えたり、耐震補強をしたりする工事は、新しく道路を造るのに匹敵するコストがかかる場合もあり、「もう借金は返し終わったからタダでいい」という発想が成り立ちにくい。
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加えて、首都高には渋滞対策という難題がある。あまりに料金が安いとマイカーが集中して慢性的な渋滞が発生し、物流やバスの定時性が損なわれる。そこで料金を時間帯や距離によって調整し、混雑を分散させる「交通需要マネジメント」の道具としても使っている。料金を下げればユーザーには喜ばれるが、渋滞が悪化すれば社会全体の損失が大きくなるため、「値下げ=善」「無料=正義」と単純には割り切れない。むしろ、一定以上の料金を維持することで、混雑を抑え、物流をスムースにし、走行時間の読みやすさという価値を提供している側面もあるのである。
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さらに、制度の面でも“永久有料”に近い仕組みになってきた。かつては高速道路ごとに償還期限が決められていたが、のちに料金徴収期間を延長し、ネットワーク全体を一体として管理・運営する方向へと見直された。これにより、「あの路線だけ借金を返し終わったから無料」といった区別がつけにくくなり、代わりに「全体としての債務をみんなで返していく」考え方にシフトしている。結果として、ユーザーから見ると、かつて聞かされた“いつか無料になる”というイメージと、現実の制度とのギャップが目立つようになってしまった。
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高速道路を無料にするというのは、一見すると利用者にとってうれしい話に思えるが、その裏側には莫大な維持管理費と、渋滞や安全性の問題、そして財政全体のバランスがぶら下がっている。バイパスのように一部の路線で無料化できたからといって、首都高や全国の高速道路も同じようにタダにできるわけではない。むしろ今後も、老朽化対策やサービス維持のために、料金は「使い方を調整するためのツール」として、そして「道路そのものを健全な状態に保つための原資」として、引き続き必要とされ続けるのである。