【今さら聞けない】ドイツメーカー「BMW」の社名の意味とは? (2/2ページ)

航空機のエンジン製作から二輪に進出し念願の四輪メーカーに

 創業は1913年のことで、創業者のカール・ラップに由来して社名も「ラップ・モートレン・ヴェルケ」だ。こちらを訳すと「ラップエンジン製造」で、エンジンは当然のことながら、航空機用だった。

 このラップ社は、近所にあった機体製造のオットー社(4サイクル理論であるオットーサイクルを発明したオットーの息子の会社)と協力したり、アストロ・ダイムラー社(ベンツのルーツのひとつ)の下請けをしたりして業績を向上させ、資本増資した1916年にBMWへと社名を改めている。そして1922年には先のオットーの会社も買収して、さらに規模を拡大していくのだが、創業者のラップはこの時点でBMWを追われている。

 1918年に終結した第一次世界大戦では敗戦国となったドイツ。軍需としても航空機を製造していたBMWは業務も厳しく制限されてしまう。そのため、得意のエンジン生産を航空機向け以外にもということで、1921年に登場したのが500ccの水平対向2気筒エンジン(バイク用)。汎用ではあったが、ビクトリアというマシンに多くが積まれた。そして今に続くRシリーズが登場したのが1923年で、すでに縦置き水平対向&シャフトドライブを採用していたのは注目だ。

 その後、4輪に進出すべく模索を図るが、当時はベンツが株主で、4輪だと被るため難色を示したものの、被らない小型車製造を模索。最終的にはイギリスのオースチン・セブンのドイツでのノックダウン生産の権利を買って、4輪への進出を果たしている。1928年のことで、3/15HPというモデルが初の市販モデルとなる。

 当初は他社モデルということで不本意な部分もあったようだが、その後、独自に改良してレースでも活躍するようになった。さらに、航空機エンジンの規制が解除され、高性能エンジンの開発を再開。1933年には初の自社設計モデル、303を世に送り出し、自動車メーカーとしても足もとを固めていったのだ。


近藤暁史 KONDO AKIHUMI

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