いまだ世界中にファンをもつエンジン
「部下が付いてくるかどうかというのは、リーダーが苦しんだ量に比例する」という、素晴らしい言葉を残したマツダ・ロータリエンジン開発の父、元マツダ社長(当時は東洋工業)で昨年他界された山本健一さんのお別れ会が開催された。僕がCARトップ編集部時代に何度かお話させていただいた山本健一さんは、物静かで控えめだが、極めて頭脳明晰、経営者というよりも情熱を内に秘めたクレバーなエンジニアという鮮烈な記憶がある。
現在生産されていないにもかかわらず、世界中に熱狂的なファンを持つマツダのロータリーエンジン。50年前にコスモスポーツのパワーユニットとして鮮烈なデビューを果たし、大きな話題となったロータリーエンジンは、その後、RX-7では極めて優秀なスポーツカーエンジンとしてもてはやされ、ル・マン24時間レースでは日本車として初の優勝を果たし、数々の伝説を生んできた。
しかし、そのパフォーマンスの良さに比べ、排ガス対策、燃費では不利で、現在はロータリーエンジンを搭載したクルマの生産は、2012年のRX-8を最後に休止されている。しかし、新型ロータリーエンジンを期待するファンの声は大きく、マツダでも「時代に合った新型ロータリーエンジンの開発は続けています」と言い続けている。しかもショーモデルRX-VISIONの発表や昨年北米マツダの毛籠勝弘社長が「トヨタに提供するEV用小型ロータリーエンジンの開発をやっています」と発言して、にわかに新型ロータリーエンジンへの期待が高まっている。
その、世界に誇るマツダ・オリジナルのロータリーエンジン開発の中心となり、マツダの社長にまで昇りつめた山本健一さんは昨年12月、95歳で天寿を全うされた。ロータリーエンジン開発に情熱をささげ、かつては「夢のエンジン」としてもてはやされた開発リーダーとして大活躍された情熱的なエンジニアの死によって、改めて次期ロータリーへの期待が高まる。
3月5日(月)にマツダの本拠地・広島リーガロイヤルホテルで開催されたお別れ会にはたくさんの自動車メーカー関係者、政財界からの弔問客が参集、山本さんの偉大さを改めて目の当たりにした。会場には、かつてのロータリーエンジンや初代コスモスポーツをはじめ数々の記念すべき製品、写真パネルなどが並べられ、山本さんの功績をたたえ、思い出話に華が咲いた。
50年以上前にドイツのNSU社がロータリーエンジンを開発、一般的なレシプロ型と違い回転型の動力機構によるエンジンは、その画期的な小型構造から「夢のエンジン」と呼ばれたが、実用化が難しく、メルセデス・ベンツ、ポルシェ、ロールスロイスまでが開発を断念したといわれた。そこにマツダがNSUから特許を買い、本気で開発に乗り出したから世界中のエンジニアが驚いたと同時に「不可能だ」と嘲笑されもした。
当時日本では自動車メーカー再編成が叫ばれマツダは会社存続の危機のなか、ロータリーエンジンで起死回生を計りたいと開発に乗り出したのだ。1962年に始動したプロジェクトは設計、調査、実験、材料の4課からなる総数47人の技術者。マツダ社内でも「無茶な計画だ」といわれ、ベテラン技術者は乗り気になれず、選ばれたのは20~30歳代の若き技術者軍団だった。
その数がちょうど47人だったから、リーダーに抜擢された山本健一さんは部下を鼓舞するために、赤穂浪士の47士になぞらえ「ロータリー47士」と命名し、不可能を可能にする命がけの開発がスタートした。山本さんの努力は鬼気迫るものがあり、当時の「頬骨が見えるほど痩せこけた」写真を見るだけでその本気度がうかがえる。
最大の問題は「悪魔の爪痕」と呼ばれる、エンジンハウジングの異常摩耗にあった。それと死に物狂いの開発テストの繰り返しの中、カーボンのアペックスシールで解決、世界中のエンジニアをアッと言わせた。
その最初のクルマが、今でも名車と語り継がれるコスモスポーツであることはあまりにも有名だ。その後、ファミリア、カペラ、サバンナ、ルーチェ、RX-7、RX-8などに搭載され、その加速力の凄さに魅了された人は多い。僕も40年数年前に初めてファミリア・ロータリークーペに乗り、アクセルを踏んだ時の瞬発力に心底感動を覚えた一人だ。
さて、山本健一さんの死は改めて新世代ロータリーの開発に拍車をかける気がしている。EV時代に向け、レンジエクステンダーと呼ばれる発電用エンジンに超小型のロータリーエンジンが期待されているからだ、しかもトヨタのEVに供給される可能性が高い。
さらに本命は次期型ロータリーエンジン搭載車の開発も進められているというから、期待は膨らむ。モーターショーでお披露目され注目されたRX-VISIONはその実現化を予見させる。マツダはディーゼルエンジンでは、世界一シンプルでクリーンなエンジンを開発して技術力の高さを誇っている。果たして新型ロータリーエンジンの行方は? 世界中の期待が高まる。