理想のユニットにならない? ダウンサイジングターボ+ハイブリッドの組み合わせを見かけない理由とは

メルセデス・ベンツが実用化しているが小型車には向かない

 ダウンサイジングターボエンジン+ハイブリッドのパワーユニット、じつはすでに存在する。ダイムラーがメルセデス・ベンツS450に搭載したM256という直列6気筒エンジンがそれである。直列4気筒エンジンと同等の燃費と、V型8気筒エンジンに匹敵する出力を兼ね備えるとの言い方は、ダウンサイジングターボエンジン紹介の常とう句だ。

 ハイブリッドの部分は、ISG(モーター機能付交流発電機)を使うマイルドハイブリッド方式だが、そのモーター出力こそ16kWとはいえ、最大トルクは250N・mに達する。この数値は、2013年に国内で発売されたS400ハイブリッドに搭載されたモーター性能、最高出力20kW、最大トルク250N・mと遜色ない。そしてこのM256は、メルセデス・ベンツの電動化商品群の呼称であるEQ(エレクトリック・インテリジェンス)シリーズとして位置づけられ、「EQブースト」と呼ばれる。

 電動化は、エアコンディショナーとスーパーチャージャーの駆動を電気で行うことまで広げられ、エンジン前面に通常設けられるベルト駆動を廃止している。またボア×ストロークのボアをV型に比べ1気筒当たり5mm縮め、計30mmの短縮をしている。これらにより、直列6気筒であってもエンジン全長を短くし、V型6気筒エンジンは廃止されることになる。当面V型8気筒は残されるが、将来的にはこのM256が中核となっていくのではないだろうか。

 直列6気筒であることにより、ターボチャージャーや排気触媒が1つで済み、V型エンジンのように左右のバンクそれぞれに取り付ける必要が無いため、原価低減にもつながる。シルキー6と称されバランスの良い直列6気筒エンジンへの郷愁から生まれたパワーユニットではなく、戦略的な直列6気筒の選択であることがわかる。

 ISGは、スズキがエネチャージやマイルドハイブリッドで採用した機構と構想は同じだが、エンジンと変速機の間に薄い円盤状のモーター・発電機が設置され、従来メルセデス・ベンツが採用してきたHVと同様の配置だ。

 エンジン始動と加速の補助出力に使われ、減速時には回生しリチウムイオンバッテリーを充電する。出足の加速は、ISGのほかに電動スーパーチャージャーが補うので、排気量3リッターの直列6気筒エンジンでも発進から20mまででは、4.7リッターのV8エンジンより4m先に到達できる瞬発力を備える。過給とモーター併用でV8エンジン車をしのぐからには、排気量と気筒数を減らしても動力性能で劣らないダウンサイジング効果を備える。

 前面衝突安全向上の要求から、一時は消え去った直列6気筒だったが、あえてV型6気筒に替え直列6気筒でV8エンジンに匹敵する性能を実現した背景の1つに、開発責任者がF1エンジン経験者であったことも関係しているのではないかと考えている。

 近年のF1は空力性能が最優先であり、エンジンは二の次だ。とはいえ、エンジン出力が足りなければレースには勝てない。空力優先という制約の中で、高い動力性能と、燃費性能(効率の高さ)を実現するF1での経験を活かし、燃費を優先しながらプレミアムカーにふさわしい動力性能を得るためゼロから発想したエンジンが、M256といえるのではないか。

 さらに、このシステムは直列4気筒エンジンでも採用されることが決まっている。すなわち最上級グレードの高級車用というだけでなく、小型のCクラスも視野に入る構想なのである。

 国内のある自動車メーカーの社長は「プレミアムブランドだからできること」と語ったが、2030〜40年にエンジン車の販売が英仏で禁じられるまでまだ20年近くあり、その間に開発費を償却することができるだろう。またヨーロッパではサプライヤーが共通であることもあり、他ブランドから同様のパワーユニットが現れる可能性も残されている。

 一方で、まだバッテリー原価が高いとは言われるものの、M256のように部品点数の多いエンジンは小型車に向かない。小型車やコンパクトカーは、EV化が環境性能と動力性能を両立する早道だろう。ダウンサイジングターボエンジン+ハイブリッドは、プレミアムブランドにおいてこの先20年という賞味期間で通用するパワーユニットだと考える。


御堀直嗣 MIHORI NAOTSUGU

フリーランスライター/2023-2024日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員

愛車
日産サクラ
趣味
乗馬、読書
好きな有名人
池波正太郎、山本周五郎、柳家小三治

新着情報