室内広々の豪華ミニバン全盛時でもVIPがセダンを選ぶワケ

ドアを閉めた瞬間の別世界感はセダンならではのもの

 ミニバン、とくにアルファード&ヴェルファイアあたりのクラスになると、黒塗りのVIPカーとして使われることも多くなってきた。たしかに後席居住空間はVIPカーの定番たるサルーンより広大で、スライドドアからの乗降も、新幹線のグリーン車やグランクラスに乗り込むように快適だ。なおかつシートまわりの装備も豪華だったりする(アル・ヴェルのエグゼクティブラウンジの場合)。秘書が何人もいても、助手席&3列目席に控えられるメリットもあるだろう。

 だが、それでも「ミニバンではなくサルーンを選ぶ」VIP、あるいは一般ユーザーがいる。

 ミニバン試乗経験豊富なボクとしては、「わかっているな」である。以前、CARトップ本誌で高級車後席対決なる記事を担当したことがある。集められたのは高級ミニバンのアルファードHV、レクサスLS、メルセデス・ベンツSクラスHVだった。

 後席の乗降性は、それはもうミニバンの圧勝。腰をかがめずに階段を1段上がる感じで乗り込めて、シートも立派だ。

 しかし、乗り心地、静粛性、そしてもっとも肝心な居住快適性では、あろうことかサルーン系がリードしたのである。

 具体的には、静止時の快適感、贅沢感では高級ミニバンながら、走りだしてからの快適感、こと、シートまわりの振動の少なさでは、サルーンが優れている。その取材時、後席に陣取りつつ、インプレッションをノートに記していたのだが、文字が書きやすかったのはサルーンの2台だった。

 その理由は、上記のシート振動の少なさにある。高級ミニバンの特等席は豪華さを追求するあまりシートが重くなり、重心が高く、ロングスライドレールの取り付け部剛性に限界が出てくる。また、ひじ掛け部分に蓋を付けようものなら路面などの影響を受け、ビリビリした振動が避けられない。

 現在の新型アルファード&ヴェルファイアでは、そのあたりがずいぶん改良されているものの、当時のマイナーチェンジ前のアルファードではひじ掛けにひじをかけていると、文字がスラスラ、上手に書けなかったというわけだ。

 その点、サルーンの後席は左右がボディ側にしっかり固定されていて、シートの取り付け剛性は何倍もいいはず。よってビリビリ、ブルブルする振動など(できのいいクルマは)あり得ず、長時間の移動、ドライブでも疲れにくいメリットがある。シートまわりの微振動は、知らず知らずのうちに乗員を疲労させるものなのである。まぁ、そこまでわかっていてサルーンを選ぶ人はそういないはずだが。

 もうひとつ、VIPがサルーンびいきな理由として、リヤドアの開閉感にもあると思う。高級サルーンの場合、バスッっという硬質な音でリヤドアが瞬く間に閉まる。すると途端に外界と遮断されたかのような静謐かつ安心感に満ちた雰囲気に包まれる。

 ところがミニバンのスライドドアは、どれだけ高級・高額車でも、安全のためにスルスル、パタンと時間をかけてゆっくり閉まる感じだ。なにかあって記者に囲まれ、どちらがクルマに乗り込んでいち早くその場をスマートに立ち去りやすいかは明白だ。そのあたりの違いも、サルーン派が無意識のうちに感じている(選択している)頼もしさ、高級感、美点だと思える。

 ただ、単純に乗り降りのしやすさ、居住空間、天井の高さ、足もとの広さ、後席まわりの装備の豪華さ、もてなし感では、くり返すけれど、高級ミニバンが優れている。それでもサルーンという選択理由は、ありきたりだが古い考え方を引きずれば、フォーマル感の強さに尽きる。まさか、自身で運転することのないVIPが立体駐車場への入庫容易性など、気にするはずもないわけで……。

 とはいえ、ボクの知り合いのアーティストが、足しげく通うスタジオや立ち寄り先の駐車場にハイルーフ車が止めにくいことを理由(台数が制限される)に、事務所の移動車の選択時、うってつけだと思えた高級ミニバンを泣く泣くあきらめたと聞いている。採用されたのは高級HVサルーンである。


青山尚暉 AOYAMA NAOKI

2023-2024日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員

愛車
フォルクスワーゲン・ゴルフヴァリアント
趣味
スニーカー、バッグ、帽子の蒐集、車内の計測
好きな有名人
Yuming

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