「安全性」を高めると「危険」が増す? 頑強なクルマを求めると生まれる「死角」というジレンマ

広い前方視界と堅牢な客室を両立させた国産車も誕生!

 クルマの窓枠となる支柱を、ピラーという。しかしこれが、運転者や同乗者の視界を妨げるようになってきている。

 ピラーが太くなった背景にあるのは、1990年代から強化が進んだ衝突安全性能の向上だ。衝突安全の基本となるのは、車体の衝撃吸収構造と、堅牢な客室の組み合わせである。車体前後や側面を衝突の際には壊れやすくすることで、衝突エネルギーを減少させる。必ずしも正しい表現ではないかもしれないが、スポンジのように変形することで力を逃がすのである。一方、人が乗る客室は、体を保護するため強固でなければならない。

 一見すると、車体は一つの構造に見えるが、内部は壊れやすくしたところと、壊れないよう頑丈にした部分とがあるのである。

 現在の車体は、モノコック構造といって、車体の箱全体でしっかりとした構造にしている。板一枚の強さではなく、箱として強さを確保する考えだ。たとえば、段ボールは一枚だとまだ柔らかさがあるが、段ボール箱のように箱型にすると頑丈になり、潰れにくくなる。

 クルマの車体も、かつては床にフレーム構造があり、そこにエンジンを載せたりサスペンションを取り付けたりし、そのうえに人が座る椅子が取り付けられ、車体はそれらをおおう箱でしかなかった。

 しかしモノコック構造は、床のフレームと車体が一体となり、全体で強度を得ているので、窓枠であるピラーも強度部材の一つになる。なおかつ、衝突安全での客室保護のため、ピラーも頑丈にしなければならなくなった。

 しかしそれによって、視界が妨げられることになったのである。とはいえ視界は、安全運転のための重要な要件だ。世界の自動車メーカーは、ピラーの形状を湾曲させたり、ピラーの断面を工夫したりして視界を確保しようと努めたが、十分な解決に至っていない。

 そこに登場したのが、ホンダ新型フィットの窓枠と、車体の強化に必要なピラーの用途を分ける車体構造だ。

 フロントウィンドウの支柱は、ガラス窓を支えるだけの機能に割り切り細くして視界を確保し、その後ろ側に客室の強度を確保する太いピラーを設けた。これにより、広い前方視界と、堅牢な客室という、これまで相反してきた要求を両立させたのである。これは世界初のことであり、画期的な日本の技術、ホンダの創意工夫の成果と、高く評価することができる。

 新型フィットの車体構造の考え方をきっかけに、世界中のクルマの前方視界の確保と衝突安全性能の両立がはかられていくことを願うばかりである。


御堀直嗣 MIHORI NAOTSUGU

フリーランスライター/2023-2024日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員

愛車
日産サクラ
趣味
乗馬、読書
好きな有名人
池波正太郎、山本周五郎、柳家小三治

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