知れば知るほど「惚れる」その中身! ホンダS2000は日本の自動車史に残る「奇跡」のスポーツカーだった (1/2ページ)

知れば知るほど「惚れる」その中身! ホンダS2000は日本の自動車史に残る「奇跡」のスポーツカーだった

この記事をまとめると

■ホンダの2シーターオープン「S2000」について振り返る

■専用エンジンやフレームによって生み出されたS2000は公道を走るレーシングカーだ

■唯一無二の存在故に今でも根強いファンが多く、中古市場も高値で推移している

ホンダの夢は「タイプR」ではなく「S2000」に託された

 新型車のリリース時、優れた内容とは裏腹に、それほど人気を集めなかったモデルを時おり目にすることがある。とくに、市場の小さなスポーツカーのカテゴリーでは、こうした傾向が強かったことを覚えている。なかでも、強く印象に残るのがホンダS2000だ。

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 ホンダのスポーツカー路線は、1960年代に名車S600/S800が途絶えて以来、シビック、インテグラ、アコードといった量産乗用車系(ツーリングカー)に、お家芸となる高性能エンジン(VTECなど)や走行系メカニズムを組み合わせる「タイプR」を軸としたハイパフォーマンスモデルが担ってきた。

 こうした意味で、ツーリングカー系の「タイプR」は、いかにもホンダらしさが凝縮された高性能モデルだったが、ホンダを象徴する究極の性能を示すモデルではなかった。ホンダらしさを世に示すスポーツカーが必要なのではないか、との結論から、バブル期に企画されたモデルがNSXだった。

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 しかし、ホンダイズムのフラグシップとなるべき存在だったNSXは、エンジン横置きレイアウトのミッドシップ、ユーティリティを重視したトランクスペースの確保といった諸制約のため、必ずしも開発を担当したホンダのエンジニアが意図するスポーツカー像とは一致しない仕上がりだったことも否めない。

 徹底的に運動性能、走行性能に振り込んだスポーツカーを作ることはできないものか、「これぞホンダ」とファンを狂喜乱舞させる性能に特化した車両を提供することはできないものか。性能至上主義を身上としてきたホンダ自身が抱えた問題に、自ら答えるかたちで企画された車両が、1999年に商品化された「ホンダS2000」だった。

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 S2000は、2リッター直列4気筒エンジンをフロントに積むオープン2シーターのFRスポーツカーとして企画された。スポーツカーのパッケージングとしては、一連のブリティッシュ・スポーツカーに準じるもっともオーソドックス、古典的な形態の車両だった。

 しかし、中身は別次元。徹底的に走りの性能を追い込んだ設計が行われた。特筆すべきS2000の特長は、大きく分けてボディ/シャシーのコンストラクションとエンジンのふたつに大別することができた。両者は、並のスポーツカーと一線を画す、それこそ次元違いのレベルで作られていた。

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 まず、注目すべきは、ボディ/シャシーの構造にあった。S2000は、オープン2シーターとして企画されたが、オープンモデルの泣き所であるシャシー剛性の確保、というよりスポーツカーとして、必要十分以上のシャシー剛性を持つことがテーマとされた。この思想に基づき考え出されたのが「ハイXボーンフレーム」と名付けられたモノコックボディ(プラットフォーム)構造だった。

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