未知の挑戦によって生まれた4分の1スケールの働き手
ゼロRCカーの誕生は、ホンダが世界陸上のスポンサーになったことが発端。今年の2月になって本田技研工業本社から、世界陸上にかかわるにあたりなにかできないか? と本田技術研究所(和光)に打診があった。
競技場インフィールドの投擲競技は、従来もRCカー的なモノが回収に走り、競技者に戻す流れがあったという。であるならば、そこをホンダの新たなBEV、ゼロシリーズSUVのカタチをした回収車を作ってはどうか? という案が通ったのだ。
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問題は時間である。今回は、通常と比較して開発スケジュールがとても短い。そのため、試作担当技術者が自ら設計から実走行テストまでを行った。「設計‐製作‐調達‐組立‐試験」の高速ループ運用を行ったのだ。そして、もうひとつの問題は、かかわった技術者たちは、クルマ、飛行機、船を含めてもRC経験者がゼロだったということ(のちに経験者もサポート)。
つまり、初心者がRCカーを作り、操縦方法は家庭でトイRCから始めるレベル。まさにゼロからの挑戦は、話を聞くだけでも無謀だと思う。想像以上にハードルが高いだろうと、筆者は経験者だからこそ思う。大会を終えての取材だから肩の荷が降りたこともあるのか、RCカー初体験はある意味「改めて振り返ると余計な先入観なく取り組めた」と率直なコメントも聞けた。
Honda 0 RCと開発陣(左から本田技術研究所 試作室の塚本智宏さん、星野圭哉さん、小林達也さん、広報の竹内悟郎さん)画像はこちら
ゼロRCカーの設計制作は、通常業務と同じく、なにか問題があればその都度克服して乗り越える、それは実車同様にできたという。競技場側からの要望は、「競技の進行を妨げない」「選手を驚かせない」「選手に接触しない」「用具に接触しない」「芝をタイヤで掘るなど傷めない」など。
ホンダ側の問題は、インフィールドに「選手以外は入れない」という通達だ。RCカーを操縦した経験があればわかると思うが、RCカーはお立ち台から見下ろす、俯瞰に近い状況で操縦することが望ましい。しかし、驚くことに今回は、インフィールドのゼロRCカーから約100m離れた観客席最上段から操縦するという難題となった。見下ろせるとはいえ、水平に近い100m先のゼロRCカーまでの遠近感としても不自然だし、それを縦でも横でも直進させる平行感覚を掴むのも難しいだろうと想像できる。
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これが「初心者だから余計な先入観なく取り組めた」という言葉につながる。RCカーの常識を経験せずに、その無理難題といえる条件ではじめて操縦を覚えたからだ。実際は、インフィールドにスタッフふたりを送り込めたため、ゼロRCカーが進む先に選手やカメラマン、障害物のあるなしを確認しながら「もう少し右」「減速せよ」など、操縦者とインフィールドスタッフ(カメラマン席にもひとり)がTeamsをインカムとして使い、連携して指示を受けながら操縦した。
もうひとつ危惧したのは電波障害である。恐らく各国のチーム、選手、カメラマン、プレス関係者が使う機材には、日本では許可されていない電波周波数帯もあるだろうから、電波障害による操縦不能の恐れがあった。RCカーで世界選手権を経験した筆者は、真っ先にその電波障害を気にした。RCカーが動かない、はまだいい。問題は暴走して選手を驚かせるとか選手に危害を与えるとか、操縦不能に陥ることだ。
そうした壁を乗り越えるため、まずRCの機材は信頼性の高い市販のヘリコプター用プロポを使う。日本で許可されている920Mhz(申請制)をバックアップとメインのデュアル(2系統)で使いわけて電波障害を克服した。
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ゼロRCカーの試作当初はスチールフレームで作るも、テスト走行で車重が重すぎることが判明。芝への影響を考えて軽量化のためアルミに変更された。アルミを溶接で接合する工法は熟練の業師によるもの。日本初のスーパースポーツ、オールアルミボディ/モノコックの初代NSXの技術は生きているのかと質問すると、そうした技術は伝承されているという。
アルミフレームとはいえ総重量は約30kgある。動力としてはバッテリーとインホイールモーターがリヤを駆動する。芝を傷めないようにタイヤは中空ゴムにスポンジを詰めて形状を保ち、荷重に耐える。芝を傷めない形状、パターンは試行錯誤の末に決定し、接地面の面圧を下げるためにワイド化とソフトなゴムで対応した。
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ゼロスタートから最大トルクを発生するモーター特性をいかに優しく滑らかに路面に伝えるか。そのモーター制御にも注力した。さらに選手と同じフィールドにいるため、LiDARを前後に搭載して、接近する選手やカメラマン、障害物に対して自動停止する機能も備わる。