1790万円がお得な気さえするA110 R 70 最後に乗り込んだのは役モノ仕様、世界770台限定モデルの「A110 R 70」だった。今夏に発表された際、同時に発表された3色各70台づつのA110 R BBR(ブルー・ブラン・ルージュ、つまり青白赤)の陰に隠れていたが、初期Rで採用されていたデュケーヌ社のカーボンホイールが復活して1790万円という価格は、新車価格のここ数年の全般的な上昇幅を思えば、もっともお得な気さえする。一般論ではないからこそ、わかる人には十分に通じるはずだ。
アルピーヌA110 R 70の俯瞰フロントスタイリング 画像はこちら
ところで当初からアルピーヌ が主張していたことだが、A110 Rの「R」とは「レーシングのR」ではなく「ラディカルのR」とされる。ボンネット、ルーフ、リヤフードという上物3点をカーボンパネルに換え、スワンネックのリヤウイングに、リップスポイラーとサイドスカート、リヤディフューザーも延ばした専用のカーボンエアロキット装着で、高速域でのダウンフォースをマシマシに稼ぎ倒しつつ、ZFレーシングの20段階アジャスタブルダンパーや専用スタビライザーを備えた仕様、それがシャシーラディカルだ。
エンジンは340Nm・300馬力仕様でGTSと同じだが、R専用でGTS用とは異なるアクラポヴィッチのチタンマフラーが奢られている。
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アルピーヌの場合、本気のサーキット向けには車検取得を前提としない、シグナテック謹製の専用サブフレームを前後ともノーマルより高めにマウントした(つまりキャビン高と重心位置は下げた)カップカーやGT4、ラリー用のRGTなどがあるので、あくまでもA110 Rはメーカー自ら公道チューニングを施したような仕様といえる。
ちなみにニュルブルクリンクのラップタイムはA110 Rが7分35秒。エンジンチューニングをメカクロームが手がけて350馬力にまで高め、空力パッケージもさらなる高速域対応させたA110 Rウルティムは、7分15秒を刻んでいる。
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これはポルシェ718ケイマンGT4 RSに対し約6秒譲る記録だが、排気量が2倍以上のライバルにそこまで迫れること自体が驚異的。しかも全世界110台限定のRウルティムは4000万円超えの価格にもかかわらず、日本では5台も売れたとか。シャシーチューニングでさまざまな仕様を生み出してきたアルピーヌのノウハウを、ストリートで味わいたいという需要は、根強いものがあるのだ。
A110 R 70はそこまで極端でないとはいえ、5点式ハーネスを備えたカーボンモノコックのバケットシートに座り込むのは、日常使いではそれなりに面倒くさい。電源ONにすると初期Rでは完全に塞がれていた後方視界が、液晶ルームミラーに映し出された。ミラー内にロゴ違いの「ALPINE」が一瞬表示され、「ん?」となるが、聞けばこれはアルパイン社製のオプションで、初期型ではまだ対応し切れていなかった装備なのだとか。さすが最終型だけあって公道での乗り易さも向上させているのだ。
ちなみにRはフロントボンネットこそカーボン製だが、その下のトランクスペースはGTSやアニバーサリーと同様で、荷室容量は失われていない。
アルピーヌA110 R 70のフロントフード 画像はこちら
いざ走り始めると低い着座位置と視界、ゴツゴツした感触はないがストロークが短いサスペンションの動きに、やはりRは別モノと気づかされる。そもそも装着タイヤはミシュランPSカップ2なので、温まるまでグリップは過剰にアテにはできない、そんな注意すべき留保の多さも、役モノならではの非日常感だ。大きめの段差でそれなりに鋭い突き上げを感じるものの、しなり感のある足まわりで、ハンドリングのスッキリ感やステアリングに伝わってくる接地感の質に、やはりサーキットが本籍という素性が窺える。
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というのも、従来のGTやGTSと同じ300馬力仕様のエンジンであるはずなのに、明らかにアクラポヴィッチマフラーの抜けがいいせいか、吹き上がりまで軽く、速く感じる。エキゾーストノートは昇りつめるほどに「プワワァーン」という滑らかに澄んだ音質で、リヤの強烈なスタビリティも手伝い、早くアクセルを開けろとクルマのほうからドライバーを駆り立ててくる。この刺激を公道で追い求め始めたら、コーナーで速度がのり過ぎて免許が何枚あっても足りない。公道も走れるが解き放つにはやはりクローズドコースが必要で、そこまで一応自走で行ける仕様というニュアンスが強く滲む。いわばファーストカーを無理なくこなせるアニバーサリー、GTSと違って、サーキットを頻繁にこなしたい人向けの最高のセカンドカー、それがRだ。
試乗会後の11月末、創業70周年と最終モデルイヤーを記念して、アルピーヌ・ジャポンは「A110ブルーアルピーヌエディション」を追加発売した。さらに30台のA110と、同じく30台でブルーアルピーヌ外装のGTS、10台のR 70という、計70台の日本専用限定モデルだ。
アルピーヌA110ブルーアルピーヌエディションのフロントスタイリング 画像はこちら
こちらのA110はアニバーサリーと同じ仕様というより、ブラックレザーのリクライニング&シートヒーター付きで、内装は実質的に旧リネージに近い。ブレーキキャリパーもレッドで、ちょっとお得感がある。GTSはグレーレザーのシートにグレーステッチで、通常のGTSに準ずる仕様。さらに、R 70ブルーアルピーヌは、アクラポヴィッチ・マフラーと先述の液晶ルームミラーが標準装備されながら+60万円にとどまるお得な仕様でもある。
いずれ現行のA110は、過去のオリジナルA110からハードウェアとして引き継いだものは皆無ながら、オリジナルのオーナーもそれを知らない世代も、ステアリングを握って走ってみたら瞬く間に魅了してしまうところがある。ヨーロッパ・アルプスの峠道で、創業者ジャン・レデレが感じたドライビングプレジャーを再現することを目標に始まったスポーツカーブランド、それがアルピーヌであることは有名だが、つとめて現代的な日産ルノーアライアンスの共通コンポーネントを多分に用いるにもかかわらず、ほとんどタイムマシンじみたところがある。だから純ICE車でありながら、未来に繋がる1台となったのだ。
最後の3モデルに乗ってあらためて感じたアルピーヌらしさ 画像はこちら