この記事をまとめると ■イタリアのデザイナーであるフランコ・スバッロはユニークなクルマを数多く手掛けた
■2002年にフランス東部の街からの依頼でインターネット接続用のクルマを開発した
■自動車製作学校「エスペラ・スバッロ」の学生たちと作り上げた
20年以上前に走るWi-Fiスポットがあった!? 自動車デザインの世界には時おり、常識にとらわれない「異端の天才」が出現する。そのひとりがイタリア生まれの鬼才、フランコ・スバッロだ。
スバッロが率いる自動車製作学校「エスペラ・スバッロ」は、それまでにも数々の独創的コンセプトカーを送り出していたが、2002年に発表された1台は、現代の我々が当たり前に享受している「コネクテッド」の概念を、はるか昔に先取りした驚くべきものだった。
その車の名は「I-C@R(アイ・カー)」。フランス東部に位置するドゥー県の依頼によって誕生したそれは、まさに「移動するインターネット拠点」だった。
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今から20年以上前の2002年。フランスのネット環境は、都市部でようやくADSLが普及し始めたばかりの黎明期だった。当時は電話回線にモデムをつなぎ、独特の接続音を聞きながら、1枚のシンプルな画像が表示されるのに数十秒もかかるのが当たり前。とくに農村部ではネットに繋がること自体が困難で、「情報格差」が深刻な社会課題となっていた。
この問題を解決すべくドゥー県議会が打ち出したのが、「県内全域に無料でICTアクセスを届ける」という野心的なプロジェクト。そしてその際に白羽の矢が立ったのが、当時県内に拠点を置いていたスバッロと、彼の教え子たちだった。
このプロジェクトのためのベース車両に選ばれたのは、フランス版「働くクルマ」の定番であるプジョー パートナー。当時の世代はシトロエン ベルランゴの兄弟車だった商用バンだ。
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スバッロと教え子たちが作った「I-C@R」の最大の特徴は、屋根の上に鎮座する巨大なパラボラアンテナだ。当時の地上インフラでは不可能だった高速通信を確保するため、あえて衛星通信を採用したのだ。移動中や格納時はパラボラアンテナが車内に折りたたまれ、目的地に到着するとせり上がるその姿は、まるで報道中継車か軍用偵察車のようだった。
さらに驚くべきは、今から20年以上前に実装されたクルマとは思えないほどの「先進性」だ。
前述のとおり衛星通信を活用しているため、地上回線に依存せず、どこでもネット接続が可能。そして車両から無線を飛ばし、周囲のノートPCなどと接続できるというのは、今でいうWi-Fiホットスポットである。そして車内はPCやウェブカメラ、スキャナー、プリンター、デジカメを完備するフル装備の移動オフィスにもなっていた。つまり2002年という、テザリングもモバイルルータもまだ存在しなかった時代に、スバッロは現在の「移動Wi-Fiスポット」を完全に具現化させていたのだ。
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じつはスバッロは、1978年にもキャデラックをベースにした移動オフィス「ファンクションカー」を手掛けるなど、この分野の先駆者でもあった。そのためこのときの「I-C@R」でも単に機材を詰め込むだけでなく、大量のコンピュータ機器を積載するために、車体を延長および改造していた。スバッロはドゥー県から依頼されたこのプロジェクトを、1992年に自身が創設した自動車製作学校「エスペラ・スバッロ」の学生たちの技術研鑽の場としながら、見事に実用的な「走る情報拠点」へと仕立て上げたのだ。
現在、フランス全土には光ファイバーが普及しており、スマホ1台で高画質な動画が普通に楽しめるようになっている。そんな現代において、このような巨大なアンテナを載せた車両はもはや必要とされていない。だが「場所を選ばずに、テクノロジーの恩恵を届ける」というI-C@Rのコンセプトは形を変えて、現在の自動運転車やMaaS(Mobility as a Service)のなかに息づいている。
「天才」と称されたデザイナーは、単に“形”を作るだけでなく、未来のライフスタイルそのものをデザインしていたのだろう。
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