フジタ制作中)「世界一醜いフェラーリ」と評されても大逆転だってある! ルーチェ以前にもあったフェラーリの問題作たち (2/2ページ)

「世界一醜いフェラーリ」と評された2台のモデルの現評価

 また、登場当初の評判を後に大きく塗り替えたフェラーリの代表格として挙げておきたいのが、250GT SWB「ブレッドバン」だ。1962年に誕生したブレッドバンは、もともとフェラーリの創始者エンツォ・フェラーリの「激怒」が深く関わっている。

 当時、フェラーリの大口顧客であったジョヴァンニ・ヴォルピ伯爵は、最新鋭のレーシングカー「250 GTO」の購入を申し込んだ。しかし、ライバルチームへの支援を激怒したエンツォによって250GTOの購入をキャンセルされたという。これに今度はヴォルピが激怒。フェラーリを飛び出したエンジニアのジョット・ビッザリーニを呼び寄せ、自らの250GT SWBをベースに独自の改造を施してGTOに対抗する車両を作り上げた。それがこの通称「ブレッドバン」だ。

 ピエロ・ドロゴがデザインしたそのボディは、鋭いノーズとカム・テール理論に基づいてぶった切られたような四角いリヤスタイリングのシューティングブレーク的シルエットであり、当時の英国プレスがその姿を「パン屋の配達バン」と表現したことから「ブレッドバン」という不名誉なあだ名がついたというのはあまりに有名だ。

 当然ながらエンツォは「ウチのマシンをめちゃくちゃにしやがって」と激怒したと伝えられているし、実際のところ、当時は「世界でもっとも醜いフェラーリ」と揶揄されることもあったという。

 しかし、見た目こそ奇妙に見えたブレッドバンであるが、その空力性能は優秀で、1962年のル・マン24時間レースではストレートでGTOより速かったとも伝えられている。現在では1960年代フェラーリのカルト的存在として、世界でもっとも有名で価値あるワンオフ・フェラーリの一台となっているから、何が起こるかわからない。

 さて、「世界でもっとも醜いフェラーリ」というフレーズが出てきたので、もう一台、そう呼ばれているモデルにも触れておこう。それがフェラーリ・コンシソだ。

 1991年のジュネーブモーターショーに登場したこのモデルは、フェラーリ328GTSをベースにピニンファリーナが手がけた実験的デザインショーカーだ。しかし、その姿はあまりにも衝撃的。ドアはなく、ルーフもなく、ソフトトップさえも存在しない完全なオープンカーで、乗員は太いサイドシルを跨いで乗り込む必要があった。フォルムは丸みを帯びており、美しい曲線美を描くピニンファリーナが手がけたとはにわかには信じられないデザインで、当時から賛否というよりも「否」が圧倒的多数を占めていた。

 とはいえ、それから30年以上が経ったいま、コンシソはその唯一無二のキャラクターゆえにカルト的なファンを持つ存在となっている。「ダサかっこいい」フェラーリというのもアリなのかもしれない。

 というわけで、これまでにそのスタイリングで賛否を巻き起こしてきたフェラーリを何台か取り上げてみた。果たしてルーチェは後年、どのような評価を受けているのだろうか。どうか、フェラーリファンならばぜひ長い目で見守っていただきたい。


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