いくら「ゴッツいブレーキ」を付けてもクルマは止まらない! レーシングドライバーが語るクルマの制動距離を司る意外な要素 (2/2ページ)

正確な制動操作の基盤はペダル剛性とドライバーのレスポンス

 ブレーキ性能の本質は、ドライバーがそれをどれだけ正確に引き出せるかにある。そのため操作系の設計がきわめて重要となる。

 ブレーキペダルのトウ(踏む)剛性は制御性の基盤だ。剛性が低いと踏力に対する応答が遅れ、ドライバーは余分なストロークを使わなければならない。理想は踏力に対してリニアに反力が立ち上がる特性であり、初期から終端まで一貫した剛性感が求められる。

 倍力装置(ブレーキブースターまたはマスターバックと呼ぶ)は操作力を軽減するが、その特性設計がフィーリングを左右する。ジャンプ特性が強すぎると初期制動が過敏となり、微調整が難しくなる。逆に穏やかすぎると必要以上の踏力が必要となる。初期は穏やかで、中間域から制動力が立ち上がる特性が理想的と言える。

 意外なところでは、シートの背もたれの剛性も重要な要素のひとつだ。制動時にはドライバーの身体は前方に移動するカタチとなり姿勢を崩しやすい。急制動時の強いペダル操作に対してシートバックの硬度が足りていないと反力で背中が押し込まれてペダル操作の精度が低下してしまう。高剛性シートは骨盤を固定し、デリケートな踏力調整を可能にしているのだ。

HV・BEVに求められる摩擦と回生の協調制御

 HEVやBEVの電動車になると回生ブレーキもペダルフィールに影響してくる。減速時にモーターを発電機として使って運動エネルギーを電力として回収する効率的な仕組みだが、減速度はバッテリーの状態や速度に依存するため一定ではない。とくに低速域では回生力が低下するため、摩擦ブレーキとの協調が不可欠となる。

 この協調制御が不適切だと、減速中に制動力が変動して違和感を生む。すぐれたシステムでは回生と摩擦の切り替えが連続的に行われていて、ドライバーはペダル操作と一体感のあるブレーキとして感じられるものだ。

 さらに近年の電子制御ブレーキでは、ペダルと油圧が機械的に直結させていない構造(ブレーキ・バイ・ワイヤ)もある。この場合、ペダルフィールはソフトウエアによって作り込まれる。踏力と減速度の関係を意図的に設計できるため、車種ごとに個性を明確に示せるメリットがある一方、フェード現象の予兆をドライバーがペダルフィール変化から感じ取りにくいなどの難しい課題もある。

「制動」はたんに回転する車輪を止めるためだけの機能ではない。減速Gをいかに正確に制御し、車両姿勢を安定させ、ドライバーの意図したとおりにスピードを落とすかという総合性能だ。

 ストッピングパワーの本質は最大値ではなく、その制御性にある。エンジンやモーターの出力に匹敵する、あるいはそれ以上の重要性を持つ領域であり、クルマを安全に走らせるうえでもっとも重要な核となっていることを改めて認識すべきだろう。

講師 中谷明彦

 全日本F3000/ツーリングカー選手権などでの優勝、ル・マン24時間をはじめとした海外レースでも活躍するなど経験・実績豊富なレーサーであり、理論派モータージャーナリスト。新車やタイヤの開発にもかかわり、4WD車や電子制御による車両運動性能の解析を得意分野とする。ドライビングアカデミー「中谷塾」を主宰し、現インディカードライバー・佐藤琢磨らを輩出。自身が考えるストッピングパワーNo.1はポルシェ911。

※本記事は雑誌「CARトップ2026年6月号」の記事を再構成して掲載しています


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