こんな凄い自動車メーカーが歴史の荒波で埋もれてしまった! チェコの「タトラ」という悲運の天才メーカー (2/2ページ)

戦後の政治的抑圧のなかでも独創性を発揮

 第二次世界大戦後、チェコは共産主義国となり、タトラは高級公用車のみの生産を許されるという歪な環境に置かれました。が、戦後すぐに(1947)レドヴィンカのコンセプトを継承しつつ、さらに洗練されたT600を発売。戦前の名車、T77を少しコンパクトにし、空冷水平対向4気筒エンジンをリヤに搭載。それまで同様に航空力学に基づいた美しい流線形ボディをはじめ、リヤの空力的付加物「背びれ」も継承されました。ちなみに、このころのレドヴィンカは戦犯として投獄されており、彼のお弟子さんたちによる力作とされています。

 次いで、戦後のタトラのアイコンとなったのがT603(1956)。フロント中央に「ガラスカバーに覆われた3つ目のヘッドライト」(後期型は4灯)を配置した、強烈なインパクトをもつ大型高級セダンです。2.5リッターの空冷V型8気筒エンジンをリヤに積み、最高時速160km/h以上で巡航できたという高性能モデルです。100馬力/152Nmのアウトプットに対し、車重はわずか1400kg程度ということで、レースシーンでも60回の優勝と56回の2位をゲットするなど大活躍。

 さらに、T603の進化版となったT613(1968)はそれまでの流線形からうってかわって直線基調のクールなデザインとなりました。意外なことに、スタイリストはマルチェロ・ガンディーニで、リヤに積まれた3.5リッター空冷V8はついにDOHC化され、これまた共産圏のクルマとは思えないほどの洗練と高性能で大注目をされた模様。

 これほどまでのクルマを作っていたタトラですが、前述のとおり共産主義国となったことで、国からは乗用車の開発は禁止、トラックの製造担当を命じられてしまったのです。が、タトラの設計者たちは諦めず、なんと政府に内緒で(あるいは一部の高官が黙認する形で)T603やT613の開発を裏で継続していたのでした。1954年、ソ連製高級車の不足が深刻化してチェコ政府が頭を抱えていた絶妙なタイミングで、タトラの技術者たちは「じつは、素晴らしい高級車の設計がほぼ完成しています」と政府に進言。背に腹は代えられないチェコ政府は、この情熱と完成度の高さに圧倒され、「共産党幹部・国営企業の重役専用車」という極めて限定された用途に限り、特例として開発・生産を正式に許可したのだとか。

 このほか、タトラは同じチェコにあった自動車メーカー「シュコダ」との確執などもあり、高い技術力があったにもかかわらず恵まれなかったといえそうです。国家の思惑とライバルとの確執に泣かされたタトラは、自動車史のなかでもっとも気高く、もっとも不条理な運命をたどった「悲運の天才メーカー」といえるのではないでしょうか。


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石橋 寛 ISHIBASHI HIROSHI

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