EVの過激すぎる加速にレーシングドライバーが警告! 人間の限界を超えるような「加加速度」はもはや危険な領域に達している (2/2ページ)

重要なのは強烈な加速ではなく自然な加速

 現在のEV開発は、モーターのトルクが瞬時に立ち上がることを武器に、「誰が1番速く100km/hに到達できるか」という競争へ向かっているかのように見える。しかし、公道で日常的に使うSUVに求められる価値はそこではないことは明白だ。

 レーシングカーにおいては限界性能を追求することが使命である。しかし、市販乗用BEVは違う。目的は乗員を安全かつ快適に目的地へ運ぶことであり、運転する人も乗る人も幅広い年齢層だ。その前提に立てば、現在の加速競争には見過ごせない課題がある。そのキーワードとなるのが前述の「ジャーク」である。

 人が衝撃として感じるものは、最大加速度だけではない。むしろ「どれだけ急な力が身体へ加わるか」のほうが体感への影響は大きい。たとえば最終的に1Gの加速になるとしても、2秒かけて到達する場合と0.2秒で到達する場合では身体の感じ方はまったく異なる。後者では背中を突然強く押され、頭だけが慣性で遅れ、遅れて首が後方へ反るような感覚になる。これが近年の高性能BEVに共通する加速時の特徴である。アクセルペダルを踏んだ瞬間、巨大なトルクが4輪へ伝わり、2.5トンを超えるような車体がまるで質量を感じさせず動き始める。その加速感は確かに刺激的だ。

 しかし同時に、人間の身体は急激な荷重変化にさらされる。交通事故のような頸椎損傷を通常の発進で引き起こすとはいえないが、首に既往症がある人や筋力の低下した高齢者などは急激に首をうしろにもっていかれ、むち打ちのような衝撃を感じる可能性は否定できない。

テスラモデルSの走行シーン

 ドライバーはアクセルを踏むため加速に備える心の準備ができている。しかし助手席や後席の人は違う。会話をしている人、スマートフォンを見ている人、飲み物を口にしている人、小さな子ども、高齢者。彼らは突然訪れる大きなジャークを予測していないだろう。助手席の同乗者から「急に発進しないで」といわれた経験をもつBEVオーナーは少なくないはずだ。静かな車内だからこそ、衝撃だけが際立つのである。

 ここで考えたいのは、日本の交通環境だ。都市部では信号が多く、停止と発進を何十回も繰り返す。高速道路でも渋滞が頻繁に発生する。そのたびに強いジャークが繰り返されれば、同乗者の疲労は少しずつ蓄積していく。乗り物酔いも同様である。酔いは単純な加速度だけで決まるものではないが、急激な加減速を繰り返す運転は身体への負担を増やす要因のひとつになる。

 一方でドライバーにも影響はある。BEVは静かで変速もないため速度感を得にくい。その反面、アクセルに対する応答は極めて鋭敏だ。その結果、本人にその気がなくても速度超過に陥りやすくなる。瞬時に制限速度へ到達してしまい、その後すぐ減速するという運転を繰り返せば、同乗者は決して快適とは感じない。

 さらに見逃せないのが車両への負担だ。2.5トン級SUVに1000Nmを超えるシステムトルクが入力されれば、タイヤは発進のたびに限界に近い仕事を強いられる。近年、EVのタイヤの摩耗が早いと指摘される理由のひとつも、この大トルクと重量の組み合わせにある。もちろんタイヤだけではない。ドライブシャフト、デファレンシャル、ブッシュ、サスペンションアームなど、駆動系や足まわりは毎回大きな入力を受ける。

 電子制御によって滑らかに感じさせても、機械部品が受ける荷重そのものが消えるわけではない。技術が進歩するほど、人間はその性能を過信しやすくなる。だからこそ、自動車メーカーには「制御できる性能」と「使い切れる性能」の違いを見極めてほしいのだ。

 電動モーターは非常に優れた動力源だ。レスポンスも効率も内燃機関のエンジンを凌ぐ。しかし、その優秀さを「加速競争」にだけ使うのはじつに馬鹿げている。むしろ今後は、ジャークを巧みに制御し、人間が心地よいと感じる加速を設計することこそ、電動車の新たな価値になるはずだ。それを自主的にできなければ、ジャークの上限値を規制する必要性がある。一方でマツダはジャークのようなG変化を躍度として、人中心の考え方でクルマを仕上げている。高性能BEVを生み出すメーカーもそこに倣ってほしい。

 0-100km/h加速をコンマ1秒縮めることよりも、発進から50km/hまでを誰もが自然に感じられること。そのほうが毎日乗るBEVにははるかに重要だ。自動車は性能競争だけでは成熟しない。人間を理解し、人間の身体に寄り添った制御を実現して初めて進化したと言える。BEVはいま新しい時代の入口に立っている。次に競うべきものは、最高出力でも発進加速性能でもない。乗員にも周辺の人にも優しい乗り物であるべきということだ。


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中谷明彦 NAKAYA AKIHIKO

レーシングドライバー/2026-2027日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員

中谷明彦
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海外巡り
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