この記事をまとめると
■砂鉄を採った山が田んぼに変わる究極の循環型モノづくりが出雲には残っていた
■鞴(ふいご)を過給器のように熱と空気を操った「たたら製鉄」には驚くべき技術力があった
■硬いだけでは優れた鉄にならないという「剛と柔」の精神はクルマにも通じている
デジタルづいた現代にアナログな日本の伝統ものづくりを思い出す
最近はAIやデジタルという言葉が飛び交うなか、あえてアナログ的な日本の伝統ものづくりの原点を思い起こす意味で、島根県の奥出雲を取材したことを思い出した。そのときの目的は「たたら製鉄」である。
『日本書紀』には鞴(ふいご)を意味する言葉が登場する。つまり、少なくとも古代から日本では鉄をつくる技術が存在し、それが長い時間をかけて独自の「たたら製鉄」へと発展してきた。当時、奥出雲を訪れて気づいたのは、たたら製鉄が単なる古い製鉄技術ではないということだ。そこには現在の自動車づくりにも通じる、エネルギー、材料、熱マネージメント、そして自然との共生という思想が詰まっていた。
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■鉄をつくった山が「うまい米を生んだ」という話
奥出雲の丘陵地帯の山道を登ると、眼下に美しい棚田が広がっていた。この景色そのものが、じつはたたら製鉄の痕跡である。奥出雲では「鉄穴流し(かんなながし)」と呼ばれる方法で砂鉄を採取していたが、花崗岩質の山を切り崩し水路に土砂を流す。比重の違いを利用して軽い土砂を流し、重い砂鉄を残すのである。いわば重力と水を利用した天然の選鉱システムだ。
面白いのはここからだ。砂鉄を採った後に残った大量の土砂を谷に埋め、平らに整えることで水田をつくった。鉄をつくるために削った山が、今度は米をつくる土地へ変わったのである。奥出雲を代表する「仁多米」の背景には、たたらがあった。
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現代風に言えば、これは究極のサーキュラーエコノミーではないか。廃棄物を捨てるのではなく、次の価値へ転換する。しかも動力の中心は水と重力だ。江戸時代の人々は、SDGsなどという言葉を知らなくても、自然と産業を循環させる仕組みを実践していたのである。
■たたら製鉄は巨大な「内燃エンジン」
たたら製鉄の現場を見ていると、どうしても自動車のエンジンを思い出してしまう。赤土でつくった炉に砂鉄と木炭を投入し、鞴で大量の空気を送り込む。約1100~1200℃の状態をおよそ72時間維持して鉄をつくる。
燃料があり、空気があり、燃焼がある。
まさに内燃エンジンと同じだ。
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一回の操業で使う木炭は約13トンにもなるという。だから、たたらには豊かな森林が不可欠だった。一方、木炭は石炭に比べ硫黄などの不純物が少ない。比較的低い温度で製錬することも、結果として不純物の少ない良質な鉄を生み出すことにつながった。
さらに興味深いのは炉の地下構造だ。地上から見ると大きな浴槽のような炉だが、その地下には深さ数メートルにも及ぶ構造物が隠されている。炭、石、小石、丸太などを巧みに配置し、湿気を防ぎながら熱を逃がさない。これは現代の自動車でいう熱マネージメントそのものだ。
熱を逃がせばエネルギーを失う。燃焼には適切な空気が必要になる。そして燃料の品質が最終的な性能を左右する。何百年も前の職人たちは経験によって、熱力学の本質を理解していたのである。