1200℃の熱マネジメントに過給器。クルマ好きが唸る古代「たたら製鉄」の驚異的なメカニズム (2/2ページ)

ものづくりの最後は人間の感覚で仕上げることが重要になる

■鞴は古代の過給器だった

 そして、たたらのキーテクノロジーが「鞴(ふいご)」だ。炉の温度を上げるには大量の酸素が必要になる。人が交代しながら鞴(ふいご)を動かしたことから、その作業者を「番子」と呼び、「かわりばんこ」という言葉が生まれたという。大型の鞴(ふいご)では、人が板の上に乗り、左右に踏みながら空気を送り込んだ。「地団駄を踏む」という言葉も「地踏鞴(じだたら)」に由来するという説がある。

 クルマ好きの目で見れば、鞴(ふいご)は古代のスーパーチャージャーだ。空気を押し込み、燃焼を活性化し、より大きなエネルギーを取り出す。ターボチャージャーもスーパーチャージャーも、根本にある思想は変わらない。

 約三昼夜の操業を終えると、炉の底から「鉧(けら)」と呼ばれる鉄の塊が現れる。そのなかでも良質な部分が、日本刀の材料となる「玉鋼(たまはがね)」だ。玉鋼は鍛接しやすく、熱処理によって硬くでき、それでいて粘りがある。研磨性にも優れ、美しい刃文を生み出す。

 つまり「硬いだけの鉄」ではない。

 日本刀に求められるのは、硬さと粘りという、一見すると相反する性能の両立である。

 ここにもクルマとの共通点を感じた。

 自動車のボディも、ただ硬ければいいわけではない。乗員空間は強固に守りながら、クラッシャブルゾーンは適切につぶれて衝突エネルギーを吸収する。サスペンションも同じだ。剛性だけを高めればいいわけではなく、入力を受け止めながら必要な部分はしなやかに動かなければならない。

「剛と柔」。

 これは日本刀だけでなく、優れたクルマづくりにも通じる思想なのだ。

■日本刀の切れ味はスポーツカーに似ている

 旅の最後に「たたらと刀剣館」で真剣による藁(わら)切りを体験した。

 日本刀を握ると、想像以上にズシリと重い。しかし狙いを定め、刃筋を正しく合わせて振り抜くと、驚くほど抵抗を感じずに藁を切り抜ける。力任せではダメなのだ。

 正しい姿勢、正確な入力、そして道具との対話が必要になる。

 何度か試すうちに、これはスポーツカーのハンドリングと似ていると思った。優れたスポーツカーは、ドライバーが無理やりねじ伏せなくても、正確にステアリングを切ればスッと狙ったラインへ入っていく。

 切れ味とは、単なる速さではない。

 人間の入力に対して、機械がいかに正確かつ自然に応えてくれるかということなのだ。

 砂鉄を選び、木炭をつくり、空気を送り、熱を管理し、鉄を鍛え、最後には「剛」と「柔」をひとつの道具のなかに共存させる。奥出雲のたたら製鉄を見ていると、日本のモノづくりの原点は最新の半導体やAIだけにあるのではないと思えてくる。

 材料を知り、エネルギーを知り、自然を知り、最後は人間の感覚で仕上げる。これからはどれほどデジタル化され、AIの時代になったとしても、忘れてはいけない原点が奥出雲にあったのだ。


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