ラグレイト、エレメント、MDX。まもなくやってくるインテグラタイプS以前の「輸入」ホンダ車の歴史 (2/2ページ)

さまざまな個性派モデルが輸入された

 1993年には、北米で開発・生産されたEJ1型シビッククーペが日本へ。HAMなどの北米拠点で開発・生産された2ドアモデルで、フロントまわりのデザインは日本仕様のEG型シビックと共有しつつ、専用パーツも多く用いられていた。残念ながら、当時の最強エンジンB16Aは搭載されていなかったが、スタイリッシュなクーペボディは人気を集め、1996年にはフルモデルチェンジした2代目のEJ7型も輸入された。

 1999年になると、初めてミニバンが導入される。それがカナダからやってきたラグレイトだ。アメリカおよびカナダでは「オデッセイ」の名前で販売されていたミニバンで、日本のオデッセイよりも大柄なボディに3.5リッターV6 VTECを搭載、広い室内空間を誇った北米仕様のミニバンだった。このラグレイトは1代限りで販売終了してしまったものの、同カテゴリーには後継モデルであるエリシオンが投入されている。

 さらに2003年には、カナダ生産のSUVであるアキュラMDXを、日本で「ホンダMDX」として販売。日本市場にはCR-Vが販売されていたが、より上級モデルとして導入された。また同じ2003年には、アメリカン ホンダ モーターの主導で開発されたSUVとミニバンのクロスオーバー、エレメントも登場。観音開き式のサイドアクセスドアや広大な荷室を備え、サーフィンなど北米のアウトドア文化を強く意識した個性的なSUVだった。

 振り返ってみると、北米から日本へ輸入されたホンダ車は、単なる「海外生産車」ではなく、アコードクーペやシビッククーペのように北米で人気の高いモデルであったり、ラグレイトやMDX、エレメントのように、日本市場には存在しなかったサイズや発想のモデルであったりと、アメリカのモータリゼーションにおけるトレンドを日本へ運ぶ役割も担っていた。

 1988年のアコードクーペから始まった、ホンダの海外生産車両を日本市場へ導入販売することは、ホンダが「需要のあるところで生産する」という思想を実践し、北米エリアを開発・生産の重要拠点へと育てていった証ともいえる。


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