中身は最高で「ゴルフのライバル」になり得た「フォーカス」! フォードの名車が日本で成功しなかった日本特有の理由

この記事をまとめると

■フォード・フォーカスはエスコートの後継モデルとして誕生したハッチバックだ

■走りのよさと優れたスタイリングによりゴルフのライバル的存在であった

■日本ではカーナビ画面の設置問題が壁となって普及を妨げられた

欧州の良質ハッチバックの生産が終了

 フォードのハッチバック車として27年の歴史を刻んできたフォーカスが、2025年で生産を終了した。その後継の行方はまだわからない。

 フォードは、米国の自動車メーカーだが、欧州を拠点とする欧州フォードという事業があり、そこで開発されたのが初代フォーカスだ。1998年に初代フォーカスは発売されている。フォーカスは、それまでのフォードの小型車であるエスコートの後継と位置付けられた。

 欧州でのフォードは、フォルクスワーゲンやオペルを競合とする小型車として底堅い人気を得てきた。エスコートもそうした1台で、1968年の初代以来、伝統的な3ボックスの造形を維持し、クーペであったり4ドアであったり、合理性と使い勝手のよさを特徴とした。

 後継となるフォーカスは、ハッチバック車の形態を採り入れたが、欧州の小型車として代表的なゴルフと比べると、より流麗な造形で、走りのよさ、運転の楽しさを目にも知らしめる存在だった。実際に運転しても、活気ある走りで魅了した。

 エスコートの時代から、フォードはラリー競技に積極的で、フォーカスもラリーのみならずツーリングカーレースでも活躍し、名声を高めるだけでなく、小型車でありながら憧れの存在にもなっていった。

 初代から4代目まで世代を重ねたが、3代目のとき、フォードが米国車を含め日本市場から撤退したため、フォーカスも日本で4代目を目にすることはなかった。

 フォーカスは、クルマとしての魅力は高く維持してきた。それは外観の造形においても、また走りの醍醐味においても。しかしながら、国内では必需品といえるカーナビゲーションに遅れがあった。そのためにフォーカスに関心をもっても、いざ自分で買うかどうかとなったとき、ためらう気もちを起こさせたのではないか。

 フォーカスの起点が欧州であったように、欧州では、必ずしもカーナビゲーションがなくても比較的容易に目的地に到着することができる。同じことは米国にもいえる。理由は、道案内が適切で、市街地などでも道には必ず名称があり、その通りにたどり着けば、あとは番地を追っていくことで目的地に到着できるからだ。旅人を受け入れる案内機能が合理的に敷設されているのだ。同じことが米国にもいえる。

 一方の日本は、すべての道に名前があるわけではない。幹線道路から路地へ入って目的地を探す手立てが完全ではない。このため、住所をもとに目的地を検索しなければならず、それは来訪者には容易でない。そこで、カーナビゲーションが重宝する。かつては地図を見ながら移動したが、一度、カーナビゲーションの案内に慣れてしまえば、いまさら地図を追ってクルマで移動するのは面倒だ。クルマ選びでは、カーナビゲーションの優劣が問われる。

 フォードは、米国で誕生し、欧州へも手を広げた自動車メーカーだ。したがって、欧米での交通の日常を基に新車開発を行う。そして、それを世界に広めようとする事業の仕方にこだわる。ほかの欧米の自動車メーカーでは、カーナビゲーションを充実させる企業がある。しかしフォードは違った。そして販売台数は伸び悩み、日本市場からの撤退を決断したのだろう。

 アフターマーケットのカーナビゲーションをあとから装着することはできる。しかし、フォーカスの室内はカーナビゲーションがないことで美しく、整えられた造形だった。室内の雰囲気を崩しかねない、あと付けのカーナビゲーションは、新車を買うに際して躊躇させる気もちを働かせたのではないか。

 ゴルフの競合ともなりえる魅力を備えたフォーカスだったが、日本市場からの撤退は、とても残念な思い出となっている。


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御堀直嗣 MIHORI NAOTSUGU

フリーランスライター

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