【美人自動車評論家】吉田由美の「わたくし愛車買っちゃいました!」その52

トヨタ1-2フィニッシュの陰で奥さまレーサー大奮闘!

 10月12(金)~14日(日)の3日間、静岡県・富士スピードウェイで開催された2018-2019FIA世界耐久選手権 第4戦 富士6時間耐久レースは、予選でトップタイムを出しながらピットロードでの速度超過によるペナルティにより、決勝レースはクラス最後尾8番手からスタートしたトヨタの7号車(マイク・コンウェイ選手/小林可夢偉選手/ホセ・マリア・ロペス選手)が優勝。2位はポールポジションスタートの同じくトヨタの8号車セバスチャン・ブエミ選手/中嶋一貴選手/フェルナンド・アロンソ選手)が2位という1-2フィニッシュでレースを終えました。

 WECは、レース専用車のプロトタイプレーシングカーで、自動車メーカーのワークスチームやプライベーターチームが参加する「LMP1」と、プライベーターチームが市販エンジンと市販シャシーで参加する「LMP2 」の2クラス。そのほかに市販スポーツカーをベースにするプロドライバーによる「LMGTE PRO」、アマチュアドライバー(ジェントルマンドライバー)が多く参加する「LMGTE AM」の2クラス、合計4つのクラスの混走で行われます。

 そしてその中のひとつ「LMP2」クラスに、とある奥さまが参戦しています。「奥さまの名前は井原慶子。旦那さまの名前はダーリン。ごく普通のふたりはごく普通の恋をし、ごく普通の結婚をしました。 でもただひとつ違っていたのは……奥さまはレーサーだったのです……」(これはわかる人はわかる「奥さまは魔女」の有名なナレーション風)その女性はとにかくカッコイイ!

 職業、レーシングドライバー。と言っても、彼女が参戦しているのは普通のレースではありません。世界最高峰の自動車レースのひとつ「WEC世界耐久選手権」でクラス3位表彰台を獲得したことのある女性。しかも慶応大学大学院メディアデザイン研究科特任准教授を務めたり、近所の子どもたちに英語を教えたり、後進の女性レーシングドライバーを育てるといった、いくつもの顔を持ち、さらに今年6月には日産自動車の社外取締役に大抜擢されるという異色の経歴を持っています。

 私が彼女と最初に出会ったのは「日産ドライビングパーク」という日産自動車が行う安全運転啓蒙活動のインストラクターオーディションでした。お互い無事に合格し、その後、彼女は世界で活躍するレーシングドライバーになるという大きな夢を抱きます。しかし出会った当初の彼女は免許取り立て。25歳でレースに目覚め、1999年に「フェラーリチャレンジ」に参戦し、いきなり初戦で3位に。その後は「世界最速」を目指して英会話やトレーニング、国内外での運転のスキルアップなどすべてに手を抜かず、フランスやイギリスなど海外でレースキャリアを積んで、2014年には世界最高峰の耐久レース「FIA世界耐久選手権WEC富士戦」においてクラス3位を獲得しています。

 そこで彼女は「世界最速の女性」という称号を手に入れ、世界最高峰WECへのレース参戦は一旦休止……かと思いきや、今年のFIA世界耐久選手権 WEC富士6時間レースにフランスの老舗レーシングチーム70号車「ラルブル コンペティション」(アーウィン・クリード/ロマーノ・リッチ/井原慶子)からLMP2クラスに参戦。

 結果はクラス5位で完走! チームからラブコールを受けたのは今年6月に行われた伝統のル・マン24時間レースの番組出演のためフランス・サルトサーキットを訪問した際、以前参戦経験のあるこのチームからオファーをもらったそう。そしてチームメイトのひとりは、あの世界的プレミアムブランド「ニナ・リッチ」のお孫さんのロマーノ・リッチ氏。彼は今回のレースではスタートとゴールを担当していました。そして彼女は3番目に走行。とはいえ、彼女にとって1年以上もレースにブランクがあったため、必死にトレーニングを行ったそうです。

 今回のレースで彼女を襲ったのはシートが合わないという問題。WECは耐久レースのため、1チーム2~3名のドライバーで参戦しますが、ほかの選手は身長が高く190㎝もの選手がいて、166㎝の彼女とは身長差がありすぎ。しかもほかの選手はレギュラードライバーなので、彼女がほかの人たちにシートを合わせねばなりません。

 シート自体は自分の体形に合わせて型を取れますが、問題は前後方向。当然、彼女からしてみると運転のポジションが遠くなるためにブレーキがしっかり踏めなかったり、ほかの選手からすると近くなりすぎると足がぶつかってこれまた正確な運転操作ができません。こういった問題を抱えての5位入賞は嬉しく、そして改めてドライビングポジションの重要性をより強く感じたそうです。

 ちなみに日産自動車の社外取締役でもある井原慶子氏ですが、今回はカーメーカー以外のクルマに乗るので競合がかからず問題無いとのこと。しかし今後については「日産の社外取締り役業も後進育成プロジェクトはどれも片手間ではできないし、WECのような世界選手権ももちろん全身全霊で臨まなければ成功できない仕事です。今日ポジションアップして入賞した後、すぐに次戦のオファーももらいましたが、まずはレースにひと区切りをつけて今の責務を果たしたいと思っています。日産のカルロス・ゴーン会長からもしっかり経営に取り組んでほしいと言われていますし」こんな多忙を極める彼女を支えるのは素敵なダーリン。

 彼も第一線で活躍する仕事を持って多忙のはずなのに、今回も彼女の傍らには心配そうに見守る彼の姿が常にありました。彼女が乗車する少し前からソワソワし出し、ピットに彼女が戻って来るまでは声もかけづらいオーラを放っています。これでレーシングドライバー業は一旦休止となるのかどうなのか……。でもそうしたらダーリンの心配の種は少し減るのかも。今度機会があればぜひ、ダーリンのほうにお話を聞いてみたいものです。そして「奥さまは魔女」ならぬ「奥さまはレーサー」のこの後の「魔法」からも目が離せません!


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