自分で操作しなくなる自動運転! 今後クルマに「走りの楽しさ」や「運動性能の追求」は必要なくなるのか? (2/2ページ)

完全自動運転になっても走りの性能が求められる

 さらにいえば、加減速性能の余裕は、運転のバッファ領域を増やすことにつながり、自動運転制御における幅を広げることにもなるだろう。すでに、AIを進化させることによりユーザーの感情に寄り添う走らせ方まで考慮されているわけだが、そうしたバリエーションを実現するにもパフォーマンス全般の余裕は大いに役立つはずだ。

 結論としては、完全自動運転になったとしても加速性能などはある程度重視されると考えられる。また、自動運転であってもそこそこの速度を出すわけだから、サスペンションのセッティングにおいても乗り心地重視でフワフワな足まわりにすればいいとはいかない。ある程度は引き締めたシャシーにする必要がある。パワートレインやシャシーの作り込みについていえば、現在のノウハウはそのまま活かされるであろうし、そこでの差は依然としてメーカー(ブランド)の差別化ポイントとなるだろう。

 ほかにも静粛性については、いままで以上に要求性能が高くなると考えられる。レベル2程度の自動運転(運転支援システム)であっても、ドアミラーなどが発する風切り音は、自分が運転しているときよりも気になってくるものだ。運転に集中しなくてもいいぶん、感覚が研ぎ澄まされる。

 人によってはノイズや振動が気になってくることもある。そのためノイズ・バイブレーション・ハーシュネス(NVH)への要求はますます高まっていくと想像できる。内装材などが発するカタカタ音も自動運転になると余計に気になるかもしれない。

 電気自動車で自動運転になると、これまでのような差別化しづらくなるので、新規参入のプレーヤーでもシェアを奪えるという意見もあるが、トータルでの快適性という視点から考えると従来からのさまざまなノウハウを持ったメーカーの優位は簡単には揺るがない、そう思えてくるのだ。


山本晋也 SHINYA YAMAMOTO

自動車コラムニスト

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スズキ・エブリイバン(DA17V・4型)/ホンダCBR1000RR-R FIREBLADE SP(SC82)
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