古参ファンには微妙なモデル! 「プリンス」から始まったスカイラインの難しい立ち位置 (2/2ページ)

いまは日産の販売会社名として残るのみ

 1999年に日産自動車はフランスのルノーと資本提携を結び、ルノーグループ傘下となる。2001年にGT-R以外となる10代目が生産終了となり、しばらく間をおいてから、2002年に11代目が登場する。しかし、この11代目は海外ではインフィニティGシリーズの3代目として販売されていた。

 日本国内でインフィニティブランドを展開していないこともあるが、日本であえてスカイラインと命名して日産ブランド車としたのは、海外市場でも認知度の高いスカイライン(それほどグローバルな輸出実績はしていないのだが)として日本で販売されているということが、海外市場において(主に北米)インフィニティGシリーズの販売促進になるものと考えられたとも聞いている。事実、筆者がアメリカを訪れていた時に、「G35って日本ではスカイラインなんだろ」と好意的に声をかけられたことを覚えている。

 その後、2006年に12代目、2013年には現行13代目が登場しているが。10代目のタイミングでスカイラインだけでなく、日産自体もある意味“リセット”されていることもあり、11代目からは、“日産だ”とか“プリンスだ”といった話は影を潜めてしまったといえるだろう。

 現状では、日産自動車のラインアップをみると、スカイライン以外でプリンス自動車モデルの車名ではクリッパーが残っている。しかし、これはスズキからのOEMとなる軽商用バンをラインアップする時に復活して命名している。また、日産の販売会社名として“日産プリンス〇〇”というのが、いまも残るのみとなっている。

 直近では、セダンとしてのスカイラインが現行型で最後となるとの報道があり、日産がこれを否定するコメントを出すなど注目されている。メディアとしては日産の象徴的な車名を持つモデルの廃止というのは、センセーショナルなものであると捉えるが、仮にスカイラインという車名自体がなくなる、もしくはセダンスタイルではなくなるとしても、100年に1度の自動車産業の変革期に加え、新型コロナウイルス感染拡大収束後の“ニューノーマル時代”や“アフターコロナ”というものも注目されているなかでは、大英断として前向きな姿勢として捉えるべきことではないかと考えている。


小林敦志 ATSUSHI KOBAYASHI

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