ポルシェは拒否られるもフェラーリならOK!? プジョーとフェラーリに同一車名の「308」が存在するワケ (2/2ページ)

エンツォの愛車とピニンファリーナが暗黙の了解を生んだ?

 フェラーリがプジョーに許可を求めたという話も記録もないし、プジョーの側でも許諾したという公式な話はない。なのに、なぜ揉めもせず? というナゾには、諸説ある。

 ひとつは、フィアットと合併する以前、エンツォ・フェラーリが1960年代からプジョー404を普段使いで乗っていたという事実。いわばプジョーにとっては顧客であり、文句をいえる筋合いになかったという説だ。もうひとつは、そもそも実用車然としたプジョーと、エキゾチック・スーパーカーの粋であるフェラーリとは、世界観がまるで違うから、真ん中ゼロの似たネーミングでも混同される恐れはないだろう、そんな暗黙の了解があったというもの。互いの領分を認め合っているからこそ、という話だ。

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 もうひとつ有力なのは、1970年代頃からプジョーはピニンファリーナをデザイン・コンサルタントとして仰いでいた。当然、その顧客にはフェラーリも名を連ねており、各社のお偉いさんレベルが互いに赤の他人であるはずも、仏伊間でワインや食事を挟まない交流などあるはずも、ない。というわけで雑談的紳士協定が結ばれていたことは、ビジネス期間の長さを考えれば確実……というものだ。

 その後、1980年代半ばになってプジョーが自社のデザインスタジオから生まれた205を大ヒットさせ、そのカブリオレ・バージョンのリデザインと生産をピニンファリーナの生産拠点が請けたことが、転換点だった。

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 むしろスーパーカーの領域を侵したのはプジョーの側だ。2004年、プジョーはデザインセンター「ADN(英語でいうDNA)」落成の記念として、V12気筒のスーパースポーツGTコンセプトを制作した。それが907で、大口グリルに攻撃的なとんがりノーズは、初代こと308Iに継承された。手がけたのは当時のスティル・プジョーを率いたチーフデザイナーで1970年代からの生え抜き、故ジェラール・ヴェルテールだ。彼は自分のプライベートチームでル・マン24時間に参戦するほどのカーガイでもあった。

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 つまり308とは、308Iの当時に立ち返れば、「スーパーカーになろうとしたコンパクト・ハッチバック」。308II、308IIIになってもシュッとした見た目のカッコよさは欠かせない要素で、スーパーカーに文句をいえる立場では全然ない! という一台なのだ。こんな成り立ちのクルマが先代あたりから、あの生真面目なゴルフを越える完成度にまで高められたと評されているのだから、世の中すっかり変わったものだ。

名前:
南陽一浩
肩書き:
-
現在の愛車:
アウディA6(C5世代)
趣味:
ランニング
好きな有名人:
コロッケ、サンシャイン池崎

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