正直デビュー時はそこまで人気なかった! とあるキッカケで中古人気が爆発したクルマ3台 (1/2ページ)

正直デビュー時はそこまで人気なかった! とあるキッカケで中古人気が爆発したクルマ3台

この記事をまとめると

■デビュー当時と今で評価が違うクルマを紹介

■映画やアニメの影響で中古車相場が一気に高騰する現象も起きた

■市場ではイマイチだったクルマがモータースポーツシーンで大活躍した例もある

当時といまではまったく評価が違っていたクルマたち

 AE86という型式で知られるトヨタのカローラレビン/スプリンタートレノ。同名モデルにおける最後のFRレイアウトということが、その比類なき価値を生んでいるというイメージもあるかもしれないが、1983年のデビュー当初はいまほど憧れの存在ではなかった。

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AE86レビン走り画像はこちら

 たしかに標準系カローラ/スプリンターがFF化された中で、FRプラットフォームを守ったことはスポーツドライビングには後輪駆動でなければならないという原理主義者にとっては福音となったし、DOHC16バルブヘッドの4A-G型エンジンを新搭載したことも魅力ではあった。だが、当時のヤングドライバーにとって憧れだったかといえば疑問もある。

4A-G画像はこちら

 1980年代前半において、若者が欲したのはもっとパワフルなFRスポーツカーだった。たとえば、日産スカイラインRS(DR30型)や、マツダRX-7(SA22C/FC3S)といったターボエンジンを搭載したFR車が憧れで、そこに手が届かないからAE86で我慢するといった意識もどこかにあった。特筆されるほど目立っていたわけではないのだ。

FC3S画像はこちら

 そもそも1980年代前半にはドリフトを楽しむという文化はけっして主流ではなかった。後輪がリジッドサスペンションで限界性能の低いAE86で速く走ろうとすると、ドリフトせざるを得ないこともあって、あくまでもスポーツドライビングのテクニックとして認識されていた。ドリフトブームが盛り上がったのは1990年代であり、新車で販売されていた時代のAE86は、いまほど神格化されていなかったのだ。

 そんなAE86が伝説的マシンとなったのは、峠の走り屋を描いたコミック『頭文字D』の影響が大きい。ドリフトブームの初期において、AE86がメインマシンとして愛用されたというのもAE86=速いクルマといったイメージを作ったが、じつは1990年代においてAE86は、驚くほど安価に流通していたクルマであり、もっとも手頃なFR車だったからこそドリフトシーンで使われたというのも事実だ。

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名前:
山本晋也
肩書き:
自動車コラムニスト
現在の愛車:
スズキ・エブリイバン(DA17V・4型)/ホンダCBR1000RR-R FIREBLADE SP(SC82)
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