デコトラ乗りが集う「アートクラブ」って単に愛車自慢のオフ会じゃなかった! 社会貢献までしている活動実態とは (2/2ページ)

横の繋がりを大事にするアートクラブ

 近年では企業や団体に所属せず、フリーランスとして働く社会人が増えているが、趣味の世界であるデコトラシーンでも同じように、アートクラブに属さずフリーとして、また身近な仲間内だけのチームで活動するトラッカーも多い。一方で、「つながりに属すこと」には多面的な魅力や特徴があるのも事実だ。アートクラブに籍を置き、共通の趣味を持つメンバーたちとの交流や、社会貢献活動に精を出し、伝統的なクラブの看板を守ることで、貴重な体験を得られる場合も多い。

 ここでは、あるアートクラブの取材を通してそんな魅力を改めて紹介したい。

 愛知県を中心に活動する老舗アートクラブ「鯱風船団」。その歴史は1990年まで遡る。鯱風船団の初代会長であり、現総会長の近藤明さんは、平日は2トン車のダイナ「初代藤乃丸」で酒類の配達をこなし、休日にはトラックアクセサリーショップでパーツ製作のアルバイトをしていた。

 当時、自身のトラックのニックネームを冠した「藤城グループ」の一宮支部長だったが、より自由な雰囲気を求めて同グループを脱退し、近藤さんを慕う仲間とともに鯱風船団を立ち上げた。クラブ名は名古屋城に輝く金色の鯱。それに伊吹おろしの風と、地元愛を強く打ち出した。

 当時活動していた東海や関西のアートクラブに挨拶を済まし、同時期に親しく接していた「車歌軍団」「蛍火船団」とアートクラブ3兄弟として大阪で開催した鯱風船団の発足式は、いまでもマニアに語り継がれる内容だったそう。数年後に2代目会長の急逝や、近藤さんが「アートフレンド」を独立開業したことも重なり、木全基文さんが3代目会長、伊藤義康さんが副会長に就任、近藤さんが総会長として若手をバックアップする体制となった。

アートクラブ05

 鯱風船団主催のチャリティ撮影会は2005年で一旦休止となっているが、各友好アートクラブへの応援参加や、30数年継続しているメンバーのための交通安全祈願など積極的に活動を続けている。この安全祈願はメンバーの事故が重なった頃、トラック運転手という稼業の大敵である「交通事故に合わないで欲しい」と願うアットホームな考えで始まって、いまでも継続している。

 これこそが個々の時代であっても、横の繋がりを大事にするアートクラブならではの醍醐味なのだ。


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