この記事をまとめると
■ストラトスHFゼロは1970年のトリノ・ショーで登場した伝説のコンセプトカー
■全高84cmの車体や独創的なドア構造がいまなお強烈な個性を放つ
■現在ではベルトーネの手を離れて再び目にできる機会は極めて限られている
カロッツェリア・ベルトーネ随一の秀作
先日、千葉市の幕張メッセで開催されたオートモービル・カウンシル2025で、来場者からもっとも多くの視線を集めたのは、やはり1970年のトリノ・ショーで発表されたベルトーネ作のコンセプトカー「ランチア・ストラトスHFゼロ」だったのではないだろうか。
ちなみに、トリノ・ショーの時点におけるそのネーミングは、イタリア語で成層圏を意味するStratosferaからの造語であり、シンプルなストラトス(正確にはSTRATO’Sだった)。HFゼロのサブネームがそれに加わるのは、1971年にストラトスHFのプロトタイプが完成して以降のことである。
ランチア・ストラトスHFゼロのリヤエンブレム画像はこちら
ストラトスHFゼロはデザインプロトタイプではあったが、オンロードを走行するメカニズムをすべて装備したモデルでもあった。その多くはランチア・フルヴィアから流用されたもので、1.6リッターのV型4気筒SOHCエンジンをミッドにマウントし、115馬力の最高出力を発揮した。
サスペンションはフロントにマクファーソンストラット+コイルスプリング、リヤにダブルウイッシュボーン+コイルスプリングという構成だが、これもまたフルヴィアのそれに等しい。
基本骨格となるシャシーはストラトスHFゼロ専用のもので、鋼管スペースフレームによるメインセクションと、それに接合されるリヤサブフレームに構造は分割されている。駆動方式はもちろんRWDだ。
ランチア・ストラトスHFゼロのエンジンルーム画像はこちら
そのストラトスHFゼロが現代においてもベルトーネの秀作と評される理由は、もちろん独創的なボディデザインにある。当時のベルトーネでこのモデルのスタイリングを担当したユージニオ・パリアーノが直接のライバルとして意識したのは、ベルトーネに先行して1970年のジュネーブ・ショーでピニンファリーナがパオロ・マルティンのデザインで発表した、フェラーリ612Pのシャシーを使用したデザインコンセプトカーの「モデューロ」で、パリアーノはこのモデューロよりも低い車高を実現することを大きな目標として掲げていた。
実際にストラトスHFゼロが可能とした車高は84cm、これはモデューロのそれよりも9.5cm低い数字となる。搭載エンジンにV型4気筒を選択した効果も、この結果には表れている。
ランチア・ストラトスHFゼロのサイドビュー画像はこちら
乗降用のドアは、スーパーカーの世界ではお馴染みのガルウイング式でも、あるいはシザース式でもなく、フロントウインドウを兼ねた巨大な台形のパーツがその役割を担っている。ドアの開閉ノブはフロントにレイアウトされたランチアのエンブレムで、さらにドアを開けた後にはステアリングホイールを前方に跳ね上げなければドライビングシートに身を委ねることは不可能だった。
キャビンはふたり乗りの設計だが、容易に想像できるように室内からの視界はかなり限られたものになっている。
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一時はイタリアの自動車産業を支える大切な役割を果たしていたカロッツェリアだが、2000年代を迎えるころになると徐々に各社とも経営が悪化。ベルトーネもその例外ではなく2008年には事実上の倒産。その後、彼らが保管していた貴重なコレクションは2011年にはオークションに出品され、ストラトスHFゼロは当時のレートで1億円にも満たない落札価格で流出してしまったのである。
今後、ストラトスHFゼロを自身の目で直接見ることができる機会は、おそらく訪れることはないだろう。オートモービルカウンシルを訪れた者はまさに、歴史的な一期一会の瞬間に立ち会うことができたのである。