いま振り返っても歴史に残る自動車カルチャー
■スーパーカーブームはやがて下火に
悲しいかな「ブーム」である以上、いつかは終焉を迎えます。1979年にサーキットの狼の連載が終了し、各地で開催されてきたスーパーカーショーもいつしかマンネリ化していきます。さらには少年たちの聖地でもあったシーサイドモータースの倒産など、潮が引くようにスーパーカーブームが沈静化していくのです。
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それから約10年後、バブル期の日本経済の勢いに呼応するように、1980年代後半〜1990年代前半にかけて、第2期ともいえるスーパーカーブームが起こります。しかし、このときの主役は、熱狂する少年たちではなくひと山当てた大人たち。スーパーカーをはじめとする多くの高級車が軒並みプレミア価格となり、新車価格4500万円だったフェラーリF40が、一時は2億4000万円とも、2億5000万円ともいわれた時代です(いまはそれ以上の価格で取り引きされていますが)。そしてバブル崩壊とともに、急激に値崩れを起こしていくこととなるのです。
■まとめ:スーパーカーブームって結局なんだった?
筆者の好きなテレビ番組のひとつに、NHKで2000〜2008年にオンエアされていた「その時 歴史が動いた」があります。もしこの番組でスーパーカーブームをテーマに取り上げるとしたら。多くの日本の少年たちを熱狂させ、その後の人生を大きく変えた、「スーパーカー」というジャンルを日本に定着させた、まさしく「その時 歴史が動いた」瞬間だったと思えてなりません。
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スーパーカーを実際に手に入れることができたのは、ほんのひと握りの人たちかもしれません。しかし、スーパーカーに憧れ、手に入れることを夢見て奮起し、やがて成功して現実のものとする。スーパーカーブームがなければ、いまの人生はなかったという人も多いのではないでしょうか。
そうなのです。日本における自動車史における「スーパーカーブーム」は、後世に語り継がれていくことになるであろう、一大事件であったことは間違いないのです。
■追記:当時の空気感が味わえる「池沢早人師・サーキットの狼ミュージアム」に行ってみるべし!
当時の空気感を味わえる施設が茨城県神栖市にあります。
その名も「池沢早人師・サーキットの狼ミュージアム」。開館日は土曜日・日曜日・祝祭日です。
劇中に登場したロータス・ヨーロッパやポルシェ911カレラRS2.7(いわゆる「ナナサンカレラ」)などをはじめ、池沢早人師先生にまつわるコーナーやスーパーカーグッズコレクションなど、当時を知る人にとってはまさに聖地巡礼。童心に帰る場所でもあります。
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気の合う仲間とのツーリングを兼ねてぜひ足を運んでみてください。