必要なのは速さよりも正確なラップを刻む機械のような走り! ブリヂストンの極秘基地「ブルーピンググラウンド」でタイヤ開発の現場を体験したら職人技に圧倒された (2/2ページ)

重要なのは速さよりも正確さ

 まず体験したのは、ドライハンドリング路でのテスト。ここでは、決められた速度まで出したり落としたりするほか、指定されたラインを一定のペースで走るということが求められる。定められた条件に対してどれだけ誤差なく走ることができるかがポイント。速さは必要ない。この話だけ聞くと、やることは非常にシンプルなのだが、やってみるとまぁこれが難しい。

 というのも、なんとなく数値が近ければOK……では試験としてはNG。同じ道(ライン)を毎回同じ速度で淡々と走ることが求められる。1発の速さより、安定したタイムが求められる、耐久レースなんかで求められるスキルに近いかもしれない。

 この日、我々に課せられた課題は本来のテスト項目の一部。決められたラインを走りつつ、50→30→70km/hと速度を変化させるといったもので、加減速のタイミングは同乗するスタッフに指示される。先ほど速さは必要ないとは言ったが、1周2分30秒を目安に走ることが目標とされいる。

 とはいえ、「はい、ここから30km/hに」とスタッフに言われたところで、それっぽい速度にはある程度できるが、当然ピタッとはいかない。メーターを見た感じ、27〜33km/hほどを行ったり来たりしていた。それっぽい速度にはできても、そんなピッタリ維持できない……のだが、これがブリジストンのテストドライバーがやるとあら不思議。

 言われた瞬間にその場でピタッと30km/hにも50km/hにもなるではないか。「スロットルか何かに小細工でもしてるんじゃないか?」と疑いたくなるほど正確なのだ。助手席でも体感させてもらい、スピードメーターを見ていたが、この人間離れしたスキルにただただ驚愕。ドライバーの顔を見ても緊張した面持ちは皆無で、飄々としているどころか、筆者の雑談にも応えるほどの余裕っぷり。

「このプログラムは、ブリヂストンの評価ドライバーとなるための第一歩とも言える基礎的な領域です」と語られた際は、「そりゃいいタイヤが作れるわけだ」と納得。「こんなのが序の口なんて、ブリヂストンのテストドライバーはどれだけレベルが高いのだ!」と見せつけられた瞬間であった。

 とここで思い出す。この項目では、エコピアとレグノの違いも体験しなければいけないということを。申し訳ないが、走りに夢中というか必死で、タイヤのことなど記憶の彼方に……。テストドライバーのテの字にもおけないボンクラっぷりであった。

 ちなみに、このときのスピードのズレに関するデータを頂いているのだが、青が筆者井上のグラフ。赤がブリヂストンのテストドライバーのグラフ。筆者の方が上に下に乱高下しているのに対し、赤い方はほぼズレがない。つまり、毎回ほぼ同条件で走れているということの証明だ。筆者がタイヤ開発なんてしたら、とんでもないものが出来上がる気がした。

 次に体験したのが、石畳のウエット路面(スキッドパッド)を、スタッドレスタイヤのブリザックVRX2を装着したGR86でグルグル走るという、先ほどの神経を研ぎ澄ます走行と打って変わって、ちょっと面白そうなプログラム。

 とはいえ、ここでも”一定”という課題からは逃げられそうにない。というのも、ここでの評価方法はスキッドパッドを連続10周(今回は5周)して、ベストラップともっとも遅いラップの差が1秒以内でなければいけないのだ。さらに、左まわり/右まわりの差も同じく1秒以内で走るという、無理難題も課せられている。なお、ここでも速さは必要ではなく、必要なのはやはり安定したタイムを出すこと。

「無茶言うなよ!」と言いたいのだが、これがまた無茶じゃない。実際に走ってみたところ、以下の表にあるように、筆者は最速ラップと一番遅いラップの差がコンマ8秒程度に対し(これでも頑張った!?)、テストドライバーはコンマ3秒程度に抑えてきている。さきほどのドライハンドリング路といいこのスキッドパッドといい、「サイボーグでも乗ってるんじゃないか?」とこれまた疑いたくなる。

 ちなみにここの石畳で使われている石は、なんとベルギーから持ってきた欧州の本物の石なんだそう。いまは諸般の事情で入手できないが、建設当時は手に入れることができたそう。どうやら、開発する際に求められる条件をこの石の方が出しやすいんだとか。

 なお、ここの部署に配属されるのは、ブリヂストンに入社したのちに会社側で勝手に判断されるようで、レースの世界で大活躍しているとか、クルマが死ぬほど好きだろうが関係ないという。つまり、ブリヂストンに入社したら誰でも開発ドライバーになる可能性があるということだ。むしろ、クルマ好きやモータースポーツをかじっている人は、変なクセがついているので、知識ほぼゼロで、その方面に疎い人の方がスキルが身につきやすいそう。向き不向きがあるのはもちろんだが、大抵はなんとかなるんだとか。

 なので、この神技みたいな技を仕事で身につけられるが故に、普段のドライビングにも相当効果があるようで、かなり運転が上手くなるらしい。クルマ好きであれば、これほど恵まれた部署はないかもしれない(!?)。たいして運転が上手くない筆者としては羨ましい限りだ。

 テストドライバーになると、社内検定が3年ごとにあるそうで、スキルに応じて担当する項目が異なるそう。3年の間に腕が上がれば昇格、下がれば降格もあるそう。ただし、万が一降格しても、給与面には影響がないのでそこは安心(!?)。

 晴れてテストドライバーになると、1日200〜300kmほど運転するほか、この日見学した38度もの斜度のあるバンクに、180km/hほど出して突っ込むこともあると教えてくれた。かつてはスーパーカーを持ってきて250km/hほどの領域でもテストしたそうだが、いまではその領域の試験はここでは行なっていないとの。とにかく、ひたすら施設内を走りまわってテストをして、記録を積み重ねる部署なのだ。

 ブリヂストンでは、タイヤ開発の現場にAIをはじめとした、デジタルデータの導入ももちろん行なっているが、それ以上に重要なのは、クルマは人が操る以上、求められるのは人の感覚だという。五感を使った「官能」を、ブリヂストンは大切にしている。

 タイヤは人が作り、育てる。当たり前のことかもしれないが、そんなシーンを身をもって改めて体感した貴重な機会であった。


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WEB CARTOP 井上悠大 INOUE YUTAI

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