26年の準備は25年大会とほぼ同時進行
2022年の大会より競技長を務め、今大会からはラリーディレクターとして競技運営にあたっていたMOSCO代表の高桑春雄氏は「全日本ラリー選手権も開催していますが、そちらのオフィシャルの数はだいたい300名前後です。ラリージャパンではひとつのSSだけで約200名のオフィシャルを配置しています」とのことで、じつに全日本に比べて、WRCでは約8倍〜10倍のスタッフが必要になっている。
まさにオフィシャルの配置表を作るだけでも大変な仕事だが、それに加えて、2025年11月に開催された前大会から、今大会は2026年5月の開催となった。準備期間が6カ月間だったことを考えると、2026年のスケジュール変更が大変だったことは想像に難くない。
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「2025年の大会と同時に2026年の大会の準備も並行して進めてきました」と語るのは前述の高桑氏で、ラリージャパンのホストタウンとして競技をサポートしてきた豊田市の高島圭太氏(ラリージャパン実行委員会事務局次長)も「2026年の大会が5月になると決まった瞬間から、スケジュールを逆算して準備を進めてきました。準備期間が短いことから、大会のコンセプトである“体感するラリー”も引き継ぎましたし、スペシャルステージも2025年のコースを活かしながらバージョンアップしてきたので、効率よく準備を進めました」と語る。
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とはいえ、2026年の大会では28日の夕刻に初めて名古屋市でセレモニアルスタートを実施。当然ながら、そこには苦労を重ねていたようだが、高島氏は「名古屋市の方々も経験のないなかで、警察を含めた地元での調整など精一杯、対応していました」と語る。
こうして2025年の大会と同時進行で準備を行ったことにより、無事に2026年の大会開催に漕ぎつけたMOSCOと豊田市のラリージャパン実行委員会だが、それぞれのキーマンたちはどのように2026年の大会を見ているのか?
「詳細は今年から競技長を務めた嘉屋(賢二)さんに聞いてもらいたいけれど、競技としては順調だったと思います。それに秋の紅葉もよかったけれど、初夏の新緑も客観的に見てきれいだったと思います」と語るのは、MOSCOの代表であり、ラリーディレクターを務めた高桑氏だ。
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さらに今大会で競技長を務めた嘉屋氏は「2024年は競技長補佐、2025年は副競技長としてラリージャパンにかかわっていましたが、前大会の記憶が残っていたので抜け目なく準備ができたと思います。それに競技運営として見た場合、開催時期が初夏になったこともプラスに働きました。日照時間が長くなったことで、オフィシャルが明るいなか、安全に準備が行えたほか、選手にとってもよかったと思います。気温と路面温度が上がったことでタイヤがグリップしてくれ、大きなアクシデントがあまりなかった。それに紅葉シーズンにつきものの、渋滞が少ないので、競技ルートの自由度も高くなりました」と語る。
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またラリージャパン実行委員会で事務局次長を務める豊田市の高島氏は「初夏の開催になったことにより、お客さんを寒いなかで観戦させることがなくなりましたし、ゴールデンウイーク後の地域経済の活性化という側面でも5月開催のメリットは大きかったと思います。もちろん、今年のラリー・ウィークは暑くて熱中症になる観戦者もいましたが、それを想定して準備をしたことで迅速に対応することができました」とのこと。
さらに「農業のハイシーズンなので、ご不便をおかけした農家の方もいましたが、おかげさまで観戦チケットも完売しました。それにサービスパークにも数多くのお客さんが来てくれましたし、沿道での応援も多かったように思いますので、競技以外の楽しみ方も定着してきたように思います。豊田市が主催するお祭りなどのほかのイベントのように、ラリーも定着したと思います」と高島氏は付け加える。
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このように2026年のラリージャパンは天候にも恵まれ、大きな混乱のない大会となったが、競技運営にあたるMOSCO、そして豊田市のラリージャパン実行委員会ともに、すでに2027年に向けた準備を開始。今大会の経験をもとにブラッシュアップが行われる予定となっているだけに、ラリージャパンのさらなる飛躍に期待したい。