日本人が知らないフィアットの偉大さが凝縮! 飛行機も鉄道も船舶も手がけた名門メーカーのすべてが詰まった「歴史博物館」に潜入!!

じつはクルマ以外もあるFIAT製品を幅広く展示

 今回はフィアットの企業博物館であるフィアット歴史博物館(Centro Storico Fiat)を紹介する。こちらは2013年の12月と2022年の6月、都合2回訪れたのだけれど、展示車両には大きな変化はなかったように記憶している。

 特筆すべきはクルマ以外の展示が少なくなかったこと。自転車やディーゼルエンジンを搭載した鉄道車両(のシャーシ)や小型の戦闘機、航空機や船舶用のエンジン、そしてそれらのミニチュアモデルまで、20世紀の早い段階から『フィアット、大地に、海洋に、大空に』と標榜して多様な工業製品を生み出してきたフィアットの、広範囲な製品が展示されていた。当時は一般公開されていなかったということで写真撮影は控えたけれど、広報部にお願いして見せてもらったアーカイブセンターには、多くの製品の設計図やPR用のポスターなどが収蔵・保管されていた。

 スペースが限られているため、今回紹介するのはクルマだけだが、「フランスにはルノーがあるが、”フィアットにはイタリアが”ある」と言われたフィアットの全貌をイメージするには、最適な博物館と言えるだろう。

コンパクトカーはもちろんスポーツカーも多数展示

 ということで収蔵展示車両を紹介しよう。フィアットと言うと、チンクエチェントを筆頭にコンパクトな大衆車のイメージが強いが、早い段階からモータースポーツにも手を広げていて、当時盛んだった1対1で争われる速度記録用の車両なども製作していた。また(当時のスペックとしては)高性能スポーツカーの8Vを製作したこともあった。

1924 FIAT Mefi stofele
FIATが1907年に製作した速度記録車S.B.4に同社の航空機エンジンを換装し、1924年に234.98㎞/hの世界記録をマークした速度記録車。”悪魔から魂(エンジン)を買った”として、ドイツの民話に登場する悪魔に因んだニックネーム、「メフィストフェレ」と呼ばれた。

  

 しかし、フィアットの真骨頂はやはりコンパクトカー。戦後のフィアット500や600はもちろん、戦前からコンパクトカーを製造していたのだ。1932年のミラノショーでデビューしたティーポ508″バリッラ”は平凡な、しかしよくできたコンパクトカーで、燃費や信頼性(と補修性)に優れていて、結果的にランニングコストが安価で大ヒットとなったのだ。

1932 FIAT 508 “Balilla”
1932年のミラノ・ショーでデビューしたFIATの新世代小型乗車が508バリッラ。4輪に油圧式ブレーキを装着する以外はオーソドックスなメカニズムだったが、クルマとしての総合性能が高く大ヒット作となった。

  

 そんなバリッラは当初から、2ドア4人乗りのベルリナ(サルーン)とツアラーに加えてスピダー(2座オープン)とラインアップが充実していたが、スピダーをよりハイパフォーマンス方向にシフトしたバリッラ・スポルトや、そのシャーシにクーペボディを架装したミッレ・ミリア・ベルリネッタなど、スポーティで魅力的なモデルも追加されている。

1932 FIAT 508 “Balilla”Spider
508バリッラには、当初から2ドアオープンのスピダー(スパイダー)がラインアップされていた。現在の標準からすればクラシカルなスタイルだが、当時としては軽快なオープンシーターで、高い人気を誇っていたようだ。

  

  

1933 FIAT 508 S Balilla Mille Miglia
508バリッラに追加設定された508Sバリッラ・ミッレ・ミリア。エンジンを1100㏄ までスケールアップし、ホイールベースも50㎜延長され、当時の1リッタークラスでベストなライトウエイトスポーツと高い評価を得ていた。

  

 この歴史博物館にはフィアット・バリッラのさまざまなバリエーションが収蔵・展示されていて、フィアットのスポーツ心を感じさせる。もちろん、本筋となる安価な大衆車も数多くリリースしてきたフィアットだが、その多くが永遠の正義とされる軽量・コンパクトを旨とするものだった。

 今回、その設計哲学が現代の志向にも通じていること、そしてそれが十分に通用するものであることを感じることができた。

1899 FIAT 4HP
FIATは設立された1899年に、早くも第1号車をリリース。その第1号車が4HP。ベンツのパテントバーゲンに習って、鉄板で補強した木製フレームの前後に半楕円リーフを装着し、679㏄の水冷水平対向2気筒を搭載していた。

  

  

1912 FIAT 12/15HP Tipo Zero
いまも小型大衆車の代名詞ともなっているFIATが、1912年に初めてリリースした小型乗用車=大衆向けの量販車がTipo Zero。1846㏄のモノブロック4気筒と、4速ギヤにシャフトドライブを採用した新世代パッケージを採用していた。

  

  

1935 FIAT 1500 Berlina
1930年代半ばにFIAT各モデルはさらなる近代化を果たすことになるが、先鞭をつけたのは1935年に登場した1500。こちらは4ドアのベルリナ(セダン)だが、フェンダーに埋め込まれたヘッドライトにみられるように、空力を一層追求した。

  

  

1936-48 FIAT 500 “Topolino”
戦前から戦後にかけて大ヒット作となり、FIATの名を世界的に知らしめたモデルがトポリーノ(Topolino:伊語でハツカネズミ)の愛称で知られるFIAT500。超コンパクトながら150年を超える自動車史を代表する名車となった。

  

  

1956 FIAT Nuova 500 “Topolino”
トポリーノと同サイズのまま4人乗車を可能とした600から、さらにコンパクトネスを追求したモデルがヌオーヴァ500(新500)。ストレートに”チンクエチェント”の愛称で大ヒットとなり、世界的なミニマムカーの基準に。

  

  

1955-60 FIAT 600
旧態化したトポリーノの後継機として1955年に登場したFIAT600(セイチェント)。リヤエンジンを採用することで、全長とホイールベースはトポリーノと変わらないまま、完全な4人乗車を可能にしたパッケージは秀逸だった。

  

  

1952 FIAT 8V
庶民のための日常的なクルマを造り続けたFIATが、1952年に発表したスポーツモデルが8V。搭載する2リッターの70度V8は、初期型で105馬力、最終的には127馬力を発生。ワークス参戦はなかったが国内GT選手権を7連覇した。

  

  

1961 FIAT 2300 S Coupé
1959年に登場したアッパーミディアムがFIAT 1800/2100で、4ドアベルリーナ(セダン)に加えて1961年に追加設定されたクーペモデルがFIAT 2300Sクーペ。2+2クーペボディはカロッツェリア・ギアの習作がベースとなっている。

  

  

1966 FIAT 124 “Ziguli”
1966年に登場した小型乗車、1.2リッターエンジンを搭載した124は、イタリア国内でヒットしただけでなく海外市場でも大躍進。旧ソビエト連邦ではジグリ(Zhiguli)の名でライセンス生産され、さらに東欧諸国へも多くの台数が輸出された。

  

  

1967 FIAT 2400 Dino Coupé
ディーノV6エンジンのFIA公認取得を目指すフェラーリをFIATが支援。同エンジンを搭載したスピダー(スパイダー)と2ドア4座のベルリネッタを登場させた。ピニンファリーナ製のスピダーはフェラーリ”似”だがベルリネッタはベルトーネ製。

  

  

2001 FIAT 2001 Fiat Multipla Eden Roc II by Pininfarina
FIATの元会長であるジャンニ・アニエッリの80歳の誕生日を記念してピニンファリーナが製作したモデルで、ベースはムルティプラの初期モデル。内装は600をベースにした1960年代のエデンロック=ビーチカーにならっている。

  

フィアット歴史博物館 Centro Storico FIAT

  

Via Gabriele Chiabrera 20, 10126 Torino, Italia.
https://www.museoauto.com/centro-storico-fi at/

月曜休館。開館時間は10:00~19:00/入館料は€10.00(邦貨換算約1840円)

  

  

 フィアット歴史博物館はトリノの市街地中央部にあり、トリノへは日本国内からだと空路でミラノに向かってマルペンサ国際空港からレンタカーで訪れるのが一般的。ミラノ~トリノ間はクルマで1時間半程度。専用の駐車場はないが、空いていれば歩道脇に駐車することが可能。ただし安心して展示を観覧するには不安感が残るのも事実だ。近隣のホテルに投宿し徒歩でアクセスするか、公共交通機関の使用をおススメする。

※本記事は雑誌CARトップの記事を再構成して掲載しております


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