増す「摩擦」より減る「圧力」という”引き算の流体力学”
表面がザラザラしていれば抵抗が増すのは当然だ。注目したいのは、このザラザラを利用して小さな乱流=渦を作る点にある。
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物体の後方の大きな乱流は、表面から大きな流れがペリッと剥がれることで発生する。であれば、あえてザラザラにすることで小さな乱流を作り、それをクッションとして機能させれば物体から大きな流れは剥離しない。さらに言えば、そもそも物体の背後に巨大な乱流が発生しないので、抵抗にならないというロジックだ。”引き算の流体力学”とも言うべきか、増える摩擦抵抗よりも減る圧力抵抗のほうが圧倒的に大きく、件のサメ肌水着はトータルで飛躍的なスピードアップに繋がった。
その効果は凄まじく、立て続けに世界記録を樹立。あまりの効果の高さに着用が禁止されたことを覚えている人もいるだろう。およそ4億5000万年前から生き続け、進化してきたサメの生態を謙虚に研究・模倣し、具現化した最高傑作のひとつと言ってもいいだろう。
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なお、当時のサメ肌水着を実際に見せていただいたが、生地の表面はサメ肌という言葉からイメージするほど過度にザラザラしておらず、言われなければ気づかないほど。また、部位ごとにザラつかせ方や突起の大きさや配置が異なり、泳いでいるときに加わる圧力(水圧)の大きさなどに応じて抵抗を変化させる繊細なチューニングが行われていた。
航空機もリニア新幹線も……エネルギー効率化の最適解
あえて表面の摩擦抵抗を増やし、最大の壁である圧力抵抗を物理的に極小化する技術は、いまやさまざまな分野で実用化、あるいは実用化されようとしている。現時点、開業時期は未定ながら、着々と開発が進められている超電導リニア新幹線もそのひとつだ。時速500kmで東京‒大阪間をわずか1時間で結ぶとされる当該鉄道車両では、スピードとエネルギー効率の高い次元での両立が課題。空力への取り組みも積極的に行われている。
“リブレットフィルム”の貼付がそれで、サメの肌を模した微細な溝構造のフィルムを部分的に車体分に適用。詳細についてはまだ明らかにされていないようだが、その流体抵抗の低減は、スピードとエネルギー効率の両面で大きな効果が期待されている。
全日本空輸(ANA)とルフトハンザテクニック社とBASFコーティングス社が開発したリブレット加工フィルム画像はこちら
流体抵抗では空を飛ぶ航空機も同様。全日本空輸(ANA)では昨年4月、ルフトハンザテクニック社とBASFコーティングス社が開発した、ザラザラしたサメ肌の加工を施したリブレット加工フィルム”エアロシャーク”を実装したボーイング777型の旅客機をアジアで初めて就航した。
同社によれば、航空機の表面に貼付することで流体抵抗の軽減は「年間で1%の燃料消費量の削減が期待されている」。
たった1%!? と思うかもしれないが、年間削減量でいうと約250トンという決して小さくない数値。CO2排出量も、航空機から排出されるCO2排出量を直接的に削減できる技術が多くないなか、約800tに及ぶ削減量はきわめて大きい。
まずは競技車両で実証実験クルマ分野の今後に期待
では、自動車の分野ではどうか? コンマ数秒を競うモータースポーツの世界では、一部の車両にサメ肌塗装を採用しているケースがあるが、限定的というのが正直なところだ。
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とはいえ、圧力抵抗の低減がもたらす効果に異論を挟む余地はない。可能性としてまず考えられるのが電気自動車への導入だろう。
EVでは航続距離の改善を目的に大容量のバッテリーを積む必要上、車重が通常のガソリン車と比較して200〜500kg重くなるのが一般的だ。もし圧力抵抗の低減によって電費を大幅に向上できたとしたら、さらに大容量の重いバッテリーを積まず、一充電あたりの航続距離を稼ぐことが可能。一部では「約10%の電費改善が期待できる」との報告もある。
なお、現状、一般車ではサメ肌塗装採用の動きはまだ本格化していないと前述したが、それでもGR86/BRZでは、(操縦安定性の向上が主目的のようだが)フロントセクションの両端にサメ肌を模した空力テクスチャを装着するなど、開発側もサメ肌(塗装)には一定の関心を寄せている様子。今後の展開に期待したいところだ。
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ちなみに、表面がザラッとした質感のツヤ消し塗装も圧力抵抗の低減に期待できそうだが、まだ検証実験を行っているという情報はなく、先のサメ肌のスペシャリストである森さんにうかがっても、「可能性は否定しないが、わからない」とのことだった。
※本記事は雑誌「CARトップ2026年5月号」の記事を再構成して掲載しています