エンジンサプライヤーとしてF1通算89勝の金字塔
F1では、1960年代の第1期F1挑戦においては、当初ロータスと組んで、エンジンだけ供給する予定だったが、ロータスの都合でご破算になりフルカー参戦。5年間で2勝を挙げる。第2期ではエンジンのみ供給し、1983年から1992年まで通算69勝と、コンストラクターズタイトルを6年連続獲得。エンジンで世界を席巻し、黄金期を築いた。2000年から2008年までの第3期F1では、前半はエンジンのみ、2006年からはシャシーを含むワークスホンダで参戦(勝利は2006年に1勝のみ)。
第4期(2015年から2021年)はエンジンのみの供給で、マクラーレンと組んでいた時代は苦戦を強いられたが、2019年からレッドブルとタッグを組んで、2021年にマックス・フェルスタッペンがドライバーズタイトルを獲得。その後2025年まではHRCがレッドブルへの技術支援を継続し、2026年から本格的に復帰し、アストンマーチンにパワーユニットを供給。エンジンサプライヤーとしてはF1で通算89勝を記録しているが、自社シャシーでは3勝しか記録していない。
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こうしたモータースポーツの実績においても、市販車の画期的なエンジン開発から見ても、ホンダがエンジンを得意とするメーカーであることは誰もが納得することだろう。
一方でホンダの市販車は、ボディのイメージがあまりよくなかった時代がある。とくに1970年代から80年代にかけては、「ボディが弱い」「ペラペラ」「ボディがヤワい」「スポーツ走行をするとリヤゲートが歪む」などとよくいわれた。これは、運動性能を高めるために軽量化を重視したことや、他社に先駆け衝突安全構造を採用したことが影響していたと思われる。
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さらにいえば、ホンダに限らず、昔の日本の自動車メーカーは、はじめにエンジンありきで、エンジン開発者の発言力が強く車体エンジニアの立場が弱いという傾向があり、ホンダはとくにそうだったともいわれている。
以上のようないくつかのファクターが重なって、「エンジンのホンダ」のイメージが定着したというわけだ。