T型フォード・ゴルフ・プリウス・初代リーフまで。自動車の流れを劇的に変えた偉大なる「ゲームチェンジャー」なクルマたち

この記事をまとめると

■自動車の世界には「歴史を変えた」といえるクルマが複数存在する

■自動車史とともにエポックメイキングなモデルを振り返る

■大々的な普及に至るまで時間がかかった革新もあった

自動車の常識を変えたクルマたち

 時代を大きく転換させた出来事として最初に登場すべきは、米国のフォードT型だろう。ガソリンエンジン自動車の発明は、1886年にドイツで起きた。カール・ベンツによるパテント・モトール・ヴァーゲンである。

 その後、欧米でクルマの開発はさまざまに行われたが、多くは1台ずつ手作りの手法で値段が高かった。いまでいえば数千万円という値段だったはずだ。それをより多くの人が買える商品としたのが、ヘンリー・フォードであり、T型である。20世紀初頭にはまだ馬車が行き交っていたニューヨーク・マンハッタンの通りが、馬車からクルマへ一転した原動力といえる。

 第二次世界大戦後、多くの人々にクルマをもつ夢を与えたのは、ドイツのフォルクスワーゲンだろう。タイプ1・愛称ビートルは、戦後のドイツを復興させる原動力でもあった。

 英国では、戦後を象徴するクルマとしてBMCからミニが誕生した。大衆車としての期待があったが、当初の売れ行きはよくなかった。戦前に設計された乗用車はタイヤを覆うフェンダーが付いた造形で大柄に見えたが、ミニは小さく見え、貧相だとの評価が下されたのだ。ミニの価値を最初に見抜いたのは、貴族や上流階級の人々だった。ロールスロイスやジャガーに乗る彼らは、日常の足としての合理性をミニに感じとった。その様子を見て多くの消費者がミニの価値に気づき、40年に及ぶ歴史を積み上げた。

 時代を切り拓いた点で、ビートルの後継となるVWゴルフを忘れてはならない。ビートルがRRであったのに対してゴルフはFFへ転換し、時代に即した大衆車の価値を示した。ミニも同様のFFだったが、ゴルフは単に合理的というだけでなく、速度無制限のアウトバーンをもつドイツ車として走行性能に優れる点も評価され、「世界の小型車の規範」と評価された。

 メルセデス・ベンツが打ち出した190Eは、それまで高級車種メーカーと見られてきた同社が小型の乗用車を打ち出したことで驚きをもって迎えられた。そして、「小さな高級車」という価値を生み出した。

 スマートも衝撃をもって迎えられた。その開発では、メルセデス・ベンツだけでなく時計メーカーであるスウォッチが加わり、洒落た腕時計のように暮らしに溶け込むクルマという発見をもたらした。日本の軽自動車の欧州版と見ることもできた。

 トヨタのハリアーは、今日まで続くSUVの価値と製造手法を編み出した。ジープなどの4輪駆動車はあったし、日本でもいすゞビッグホーンや三菱パジェロが人気を得たが、ハリアーは乗用車を基にしながら4輪駆動車のような雰囲気を備え、日々使えるクルマでありつつ非日常的な気もちを満たした。それが広まり、いまやSUVが世界の主力車種だ。

 トヨタはまた、世界初のハイブリッド車としてプリウスを生み出した。HVはしばらくの間世界的な流れにならなかったが、いまではマイルドハイブリッドを含め、ハイブリッドであることが基本と見られるようになった。

 EVでは、三菱i-MiEVや日産リーフが時代を切り拓いた。リーフは世界的に販売され、売り出しは米国市場からであった。そして自動運転への取り組みも初代リーフからはじまった。それが米国や中国などでのロボタクシーのきっかけになったといえる。時代に変革をもたらした各車種だが、ときには大々的な普及に至るまで、きっかけや時間を要することもあったのだ。


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御堀直嗣 MIHORI NAOTSUGU

フリーランスライター

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乗馬、読書
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