「トヨタが売ったアメ車」に「スズキが作ったシボレー」!?  90年代に実在したGM×日本の「異端児」たち (2/2ページ)

お互いの利害が一致したことで実行された計画だった

 もうひとつ、GMと深い関係を築いていた日本メーカーがスズキだ。両社は1981年から提携関係を構築し、北米での小型車供給や海外生産、共同開発などを進めてきた。2000年には、スズキのワゴンR+をベースとした車両を「シボレーMW」としてGMへOEM供給。日本車をGMがシボレー・ブランドで販売するという、当時としては興味深い関係が生まれた。

 さらに2001年には、GMとスズキの共同開発車としてシボレー・クルーズが登場する。小型車開発を得意とするスズキが基本設計を担当し、GMがシボレーらしいデザインを与えるという役割分担で、スズキの湖西工場で生産された。日本国内では、スズキディーラーでもシボレー・クルーズの販売を行っていた。

 この時代の興味深い点は、GMが日本車を販売するケースもあれば、日本メーカーがGM車を自社ブランドで販売するケースもあったことだ。さらに、ヴォルツ/ヴァイブのように、企画・開発・デザイン・生産を日米で分担したモデルまで存在していたところにある。

 厳密に分類すると、トヨタ・キャバリエは「GM車をトヨタがOEM販売した」モデル。シボレーMWはその反対で、「スズキ車のOEM供給をGMが受けた」モデルだ。そしてシボレー・クルーズは「GMとスズキが共同開発」、トヨタ・ヴォルツ&ポンティアック・ヴァイブは「GMとトヨタの共同開発」という違いがある。

 こうした協業の背景には、GMが日本メーカーの小型車技術や生産方式を取り込みたいという思惑と、日本メーカー側が、巨大な北米市場やGMの販売・生産ネットワークを活用したいという狙いがあったといわれる。

 現在では、メーカー間の資本関係や提携の形も大きく変化したが、ただエンブレムを付け替えただけではなく、国境を越えて開発・生産・販売までを協力したことで誕生したクルマたちは、グローバル化が急速に進んだ1990〜2000年代の自動車業界を象徴する存在といえる。


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