最後に決めるのは人間の感性
数値化・定量化では再現できない領域
ご存じのように、今の自動車設計はデジタル上で行われているし、各種のデータもセンシングすることができる。つまり、高級感や上質感を構成する要素についても明確に数値化できるように思える。
実際、ノイズについては明確にターゲットとなる音の大きさ(dB)や周波数(Hz)を数字で表すことができる。エクステリアのチリ合わせについてもmm単位でのコントロールは可能であるし、アクセルを踏んだときの加速度も数値で表現できる。
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細かいところでいえば、スイッチのクリック感についても力加減はN(ニュートン)で数値化できるし、ドアラッチの閉まる音についても周波数特性を数字にできる。
こう聞くと、デジタルデータによって完璧に高級感や上質感を定量化できる……と思いたくなるが、そうは問屋が卸さない。
まずデータ化できるのは、センシング能力の範囲内となる。センサーの精度以上の違いは数値化できないし、ましてセンサーが存在しないような感覚的な領域については、データとして現れない。
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たとえるなら、センサーが示す数値は「切り取られた一瞬の静止画」だ。対して人間の五感は、それを「時間軸に沿った動的な映像」として捉え、認識する。さらにドライバー目線でいえば、運転操作における期待値に対する車両側の過渡特性も感じ取る。
センサーではバラバラの点として数値化している要素を、連続的に捉えるのが人間の感性だ。数値としてはまったく同じであっても、微妙な違いを感じることができる。
AIが生成したイラストと生身の人間が描いたものをひと目で見わけることができるのが、人の感性であり、そうした領域については定量化・数値化することはまだまだ難しい。
真の高級感を生むのは、余裕と本物感
高級感や上質感は数値化できるようで、本質的な部分では難しい。そうだとすれば、プレミアムブランドが、高級感や上質さを生み出している要素は何なのだろうか。
異論を承知の上で、ひと言で表現すると「余裕と本物」というのが筆者の考えだ。
一例として、加速特性について考えてみよう。
アクセル開度や速度域などさまざまなシチュエーションでの加速度を数値化して、それを再現すれば同じような高級感が生まれるかといえば、そうではないと思う。たとえば、ダウンサイジングターボと大排気量NAエンジンを比べたとき、同程度の加速度を生み出しているとしても、パワートレインの余裕感が異なる。そうした違いをドライバーは敏感に感じ取る。
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カタログ上では、同じ14インチサイズのセンターディスプレイだとしても、解像度や画面デザインのちょっとした違いによってユーザーの印象は変わる。同じ本革シートやステアリングホイールでも、品質の違いは明確に判断できる。
このあたり、定量化・数値化したからこその落とし穴といえる。作り手は「同等のクオリティに仕上げた」つもりでも、「ライバルにスペックを合わせつつ、コストダウンをしたな」とわかってしまうものだ。
効率やコストパフォーマンスが最優先され、あらゆるものがデジタルデータとして処理される時代だからこそ、高級車がもつ「数値化できない領域」の価値は高まっている。
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数値に表れない「余裕」と「本物」に触れたとき、カタログ数値を横並びで比較するだけでは、決して見えてこないクルマの本質を感じ取ることができる。定量化できない領域でのこだわりこそが、高級感の正体ともいえる。
仮にAIが自動車のすべてを設計する時代になったとしても、上質感を見抜く力は、ドライバー自身の五感に委ねられている。