この記事をまとめると
■かつては輸送費の違いにより地域ごとに車両価格が異なっていた
■1990年代以降は物流効率化と値引き拡大で価格差の意味が薄れた
■2000年前後には全国統一価格が主流となって現在の販売形態が確立された
クルマの価格はなぜ同じになったのか
クルマのホームページなどに記載される車両の価格は、正確には「メーカー希望小売価格」だ。価格の表記は、あくまでも「メーカーの希望」に基づくため、基本的には販売会社が自由に決められる。
その上で今のクルマの価格は、「全国統一価格」と認識されている。それが以前は、地区ごとに価格が異なっていた。
たとえばトヨタ・クラウンの価格を振り返ると、1962年に発売された2代目では、東京/大阪/名古屋/札幌……、という具合に価格がわかれていた。2代目クラウンデラックス・トヨグライドの1962年における価格は、名古屋地区はもっとも安い110万5000円で、もっとも高い札幌は112万2000円だ。札幌の価格は、名古屋に比べて1.5%高かった。
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このように販売する地区によって価格が異なった理由は、輸送費の差額も大きかったからだ。そのために地元の名古屋はもっとも安く、長距離の運搬を要する札幌は高かった。このあとも地域による価格差が続いたが、1995年に発売された10代目クラウン2.5ロイヤルサルーンは、名古屋の価格は329万5000円で、東京や大阪は330万円であった。
東京や大阪の価格は名古屋よりも5000円高いが、価格の比率に換算すると0.15%の上乗せだ。しかも1995年ごろは、今よりも値引き額が多く、10代目クラウンも商談次第では30〜35万円は引いていた。そうなると5000円という地区別の価格差を設定する意味も薄れてしまう。
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トヨタに限らず、1990年以降は、車両価格に占める地域別の価格差が小さくなっていった。その理由は、国内の生産/販売台数が増えて大量輸送も可能になり、1台当たりの輸送コストが下がったからだ。今でも距離が異なれば地域別の輸送コストに差が生じるが、販売会社に対する車両の卸値などで調節できる。
その結果、1999年に発売された11代目クラウンの価格は、北海道と沖縄だけは異なるものの、それ以外の地域は全国統一になった。メーカーを問わず、21世紀になると、クルマの価格が公平になったといえるだろう。