この記事をまとめると
■シトロエンの傑作「DS」は1955年から20年間作られた名車だ
■デビュー当時は宇宙船とも呼ばれた独特なスタイルであった
■見た目のわりには乗りやすいクルマで140万台以上が販売された
宇宙船と呼ばれた歴史的名車
シトロエンを代表する車種というと、いまでも名前が挙がるのが、1955年に発表され、20年間作られたDS。現在はその精神を受け継ぐDSオートモビルというブランドがあるので、クラシックDSと呼ぶこともあるけれど、「DSといえば宇宙船のようなスタイリングに、油圧を用いたサスペンションを備えたコレでしょ!」という人は多いだろう。
ただしDS、突然変異的に生まれたクルマではなく、シトロエンのヒストリーを見ると納得のストーリーがあることがわかる。
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DSは、1934年に生まれた通称トラクシオン・アヴァン(正式車名はシトロエン7/11/15Six)の後継車にあたる。直列4気筒エンジンがキャビン側にある縦置き前輪駆動のパワートレイン、低重心で空力にも配慮したボディなどは共通しているのだ。
ただしトラクシオン・アヴァンが送り出されたその年に、シトロエンは経営危機からミシュラン傘下になる。このとき副社長としてミシュランからやって来て、のちに社長を務めたのがピエール・ブーランジェ。チーフエンジニアとして加入したのが、航空機メーカーとしてスタートしたヴォワザンの技術者だったアンドレ・ルフェーブルだった。
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飛行機では一般的だった空力ボディや油圧システムが投入され、この油圧とエアスプリングを組み合わせたハイドロニューマチック・サスペンションが生み出された背景には、このふたりの陣頭指揮が大きいと思っている。
シトロエンがこれらの技術を導入したのはもちろん話題作りではなく、その時代におけるもっとも快適で安全なセダンを作ろうとしたため。そのためのアプローチが、フランスらしく先進的かつ独創的で、航空機やタイヤのノウハウももっていたことが、ほかのクルマとまったく違う結果を導き出した。
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なので数多く作られた。もともとシトロエンはヨーロッパで最初に自動車の大量生産を実現したので当然といえるけれど、サスペンション以外をメカニカルに変え、仕立てを簡素にした廉価版のIDを含めれば、20年間に約140万台が作られた。年間7万台ペースだ。
たしかに当時のフランスの写真を見ると、大統領専用車からタクシーまで、このクルマが使われていた。今風にいえばクラスレスカーだった。
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僕が取材でDSに乗るようになったのはそのあとの話で、たしかに存在感は強烈だけれど、1950年代生まれのクルマとしては驚くほど楽に走れた。パワーステアリングや2ペダルドライブなどのイージードライブをいち早く取り入れているし、乗り心地は快適だし、エンジンは気難しくないのだから。
そもそも空力ボディや油圧サスペンションは、今じゃ当たり前の技術。現在のクルマに求められる要素を70年前に先取りしていたというのが、シトロエンDSのいちばんの凄さだと思っている。