傑作だらけの「いすゞ」乗用車のなかでもとくに人気! あまりにも美し過ぎる「117クーペ」の魅力

この記事をまとめると

いすゞはかつて乗用車も多数手掛けていた

■今でも絶大な人気を誇るのが117クーペ

■実質的な後継車種であるピアッツァが登場するまで13年近く販売された

13年間も作られたベストセラークーペ

 今では”運ぶ”を支えるバス・トラックを中心とした商用車メーカーというイメージがすっかり定着しているいすゞ自動車であるが、過去には乗用車やSUVも多く手掛けており、今でもいすゞファンは多く存在している。

 そんないすゞの乗用車のなかでも、フラッグシップモデルとして未だ色褪せない魅力を放ち続けているのが、1968年に登場した「117クーペ」だろう。

 その流麗なデザインはイタリアのカロッツェリア・ギアに在籍していたジョルジェット・ジウジアーロ氏が手掛けたもので、プロトタイプとして1966年のジュネーブショーに展示された「ギア・いすゞ117スポルト」は、同ショーでコンクールデレガンスを受賞するほどの仕上がりとなっていた。

 しかしその美しいボディラインは当時のいすゞの生産ラインで再現することは難しく、大まかな形状をプレス機で形作ったあとは、1台1台職人の手によって仕上げるという前代未聞の手法が採られていた。117クーペの初期モデルを”ハンドメイド“と称するのもここが由来となっている。

 美しいデザインばかりが注目されがちな117クーペではあるが、心臓部にはいすゞ初のDOHCエンジンとなる、G161W型直列4気筒1.6リッターが搭載されていたほか、1970年11月には日本車として初の電子制御インジェクションを採用したモデルも追加するなど、パワートレインにも特筆すべき点が多かった。

 そんな117クーペは、1973年にマイナーチェンジを実施。1971年にいすゞとゼネラルモーターズが提携したことで資金面や技術面でプレス成型が可能となったことで、本格的に量産体制が整う。

 パワートレインが1.6リッターから1.8リッターへと排気量が拡大されつつも、量産化とコストダウンによって価格も下げられていたが、いすゞのフラッグシップという立ち位置は揺るがないものとなっていた。

 そして1977年12月には2度目のマイナーチェンジを実施し、ヘッドライトは丸型から角型に、バンパーはラバー巻きになるなど大きな変貌を遂げた。

 今見ると野暮ったい印象の改良と感じる人もいるかもしれないが、当時は角型ヘッドライトやメッキを排したエクステリアが最先端のデザインとして他車種にも採用されており、御家事情でフルモデルチェンジができなかったいすゞの延命策だったのかもしれない。

 結局117クーペは1981年に実質的な後継車種であるピアッツァが登場するまで、13年近く販売されるロングセラーモデルとなり、今でも多くのファンを魅了してやまない名車となっている。


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小鮒康一 KOBUNA KOICHI

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日産リーフ(2代目)/ユーノス ロードスター/マツダ・ロードスター(2代目) /ホンダS660/ホンダ・オデッセイ(初代)/ 日産パルサー(初代)
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