メーカー選手権のヒーローたち【フォードGT40・後編】 (2/2ページ)

68-69年はガルフ・カラーのGT40がル・マンを連覇

 閑話休題。ヨーロッパにおけるフォードの前進基地として設立されたフォード・アドバンスド・ビークルズ(FAV)は、66年からはレース活動をシェルビーに任せて、自らはこのMarkⅢプロジェクトに専念。

その甲斐あって、ロードゴーイングモデルであるMarkⅢは、スポーツカーとしてのホモロゲーションに必要な50台を大きく上まわる数が生産された。これは現代で言うならさしずめ、ジェントルマンレーサーのためのGT3と考えればいいのかもしれない。

 ちなみに、68年からはレギュレーションが変わり、スポーツカーの排気量が5リッター以下に制限されることになった。当然、7リッターのMarkⅣの参加は叶わなくなる。

そのためにフォード自体は67年でワークス活動を休止したが、FAVでマネージャーを務めたジョン・ワイヤが、新チームであるJWオートモーティブ・エンジニアリングを立ち上げ、GT40の発展モデルを開発していく際のテストベッドだったクルマを再びGT40に仕立直し、プライベーターとして参戦。ライバルである最新のワークスマシンを相手に見事な連勝を飾ることになる。

 彼らの最大のライバルはポルシェのワークスチーム。68年は907と908が、翌69年は908と917が主戦マシンとして投入されたが、68年はポルシェが速さを見せつけたもののトラブルによってすべてが後退。GT40が漁夫の利を得る格好で3連勝を飾っている。

 翌69年も、やはり同様にポルシェが速さを見せたもののトラブルで後退。代わってGT40がトップに立つ展開だったが、レース終盤はロドリゲス組のフォードGT40とシュタイネマン組のポルシェ907が超接近戦のバトルを展開、史上希にみる好ファイトだった、と語り継がれてきた。

 なお、2年連続でトップチェッカーを受けたマシンは同一固体であり、ガルフ・カラーを纏ったフォードGT40の印象が一際強烈に、ファンの心に焼きつけられることになったのはご存じのとおり。オールドファンには垂涎の1台だ。

 ガルフ・カラーの#34号車は68年式のGT40。そしてシルバーのボディのサイド途上面に赤いストライプが走る68号車は、2006年式のフォードGT LM GTE。本編では触れなかったが、GT40にとって末裔に当たるモデルだ。

 そしておまけ、というか与太話チックになってしまうが、先頃行われた富士スピードウェイ50周年記念イベントで見かけたフォードGT40MarkⅣ「もどき」。正式名称を訪ねることも叶わず「もどき」と失礼な呼び方になったが、さまざまな軽自動車を主役に戦われるK4GPの常連。スズキの軽自動車用4気筒ツインカムを搭載。本格的な作りで製作コストも高かったようだよ、とは知人の弁。こうなると今度のK1GPも見に行きたくなってしまうよなぁ。

 (写真:ford motor company)

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