三菱ファンの悲しみに比べればスバリストは幸せ! ランエボ10世代に渡るスバルとの闘いの歴史を振り返る (2/3ページ)

ランエボがインプレッサを倒しWRCで大旋風を巻き起こす

4)ランサーエボリューションIV

 1996年夏、インプレッサよりはるかに早くベース車がフルモデルチェンジを受け、すべての性能が大幅に底上げされる。後輪の左右駆動配分を電子的に制御するAYCというハイテク四駆がデビュー。まだ完成度は低いようで、ラリーでは使われていなかったが、先進性の高いメカの採用に焦りを覚えた。新しいボディは一部でガンダムチックと呼ばれながらもスッキリとしたデザインで格好良く、エボIIIからアクが抜けた感じがして好印象。

 280馬力化はスバルも三菱もほぼ同時期だったが、「同じ280馬力でもトルクは4G63の方が上で扱いやすく、ミッションも壊れない」と評される。WRCでは1996年にエボIIIのトミ・マキネンがドライバーズチャンピオンに輝き、スバルはドライバーズタイトルの連覇を阻まれた。

5)ランサーエボリューションV

 スバリストが3年連続WRCマニュファクチャラーズチャンピオン獲得に沸いた翌年の1998年1月、オーバーフェンダーによりボディを拡張してきたエボVは、エボIIIと同等以上の威圧感を感じさせた。ブレンボブレーキもWRXに先駆けて採用。WRCではスバルは改造範囲の広いWRカー規格に移行するも、三菱は市販車の優秀さを証明する原点を大事にしてグループAにこだわり、市販車のボディを拡幅させてWRカーに挑む姿勢に志の高さを感じた。1998年は三菱大躍進のシーズンとなり、Wタイトルを獲得。スバルは王座から陥落し、勝利数でも獲得ポイントでも初めて大きさをつけられて三菱に圧敗した。

6)ランサーエボリューションVI

 1999年に発売されたエボVIは、ランエボシリーズの完成形のひとつというイメージが強い。最高出力や最大トルクの数値に向上はないものの、タービンの材質や冷却系統など、エンジンの基本性能の底上げされた印象が強い。WRCでは14戦で7勝もしたわりにはノーポイントのラリーも多く、マニュファクチャラーズタイトルはリストリクター違反による失格から返り咲いたトヨタが獲得するも、トミ・マキネンがドライバーズタイトルを4連覇。リチャード・バーンズも7勝するなど、マシンの戦闘力の高さは最高潮に達しているように見えた。翌年には「トミ・マキネンエディション」が発売され、舗装路での速さは初代モデルの改良でしのいでいたWRXは太刀打ちできないと感じさせた。

7)ランサーエボリューションVII

 2001年、ベースモデルがフルモデルチェンジ。WRXは2代目の丸目顏となって人気が失速するなか、四駆システムの電子ハイテク化はさらに進み、「アナログ的インプvsデジタル的エボ」という対決構図イメージが広まる。筆者は茂原サーキットでエボVIIの旋回性能の凄まじさに仰天。手アンダーを出してもコーナーの外側の車輪がグイグイ内側に入っていく感覚は意外と楽しく、ウワサで耳にしたクルマが勝手に曲がってくれるという違和感は感じなかった。峠道でも、内心では当時のWRX(2代目の丸目と涙目の前期)よりも怖くないと感じ、「いつか欲しい」とまで思うにいたる。ただしランエボ初のAT仕様「GT-A」は、ほとんど印象に残ることなく消えた。


マリオ高野 MARIO TAKANO

SUBARU BRZ GT300公式応援団長(2013年~)

愛車
初代インプレッサWRX(新車から28年目)/先代インプレッサG4 1.6i 5速MT(新車から8年目)/新型BRZ Rグレード 6速MT
趣味
茶道(裏千家)、熱帯魚飼育(キャリア40年)、筋トレ(デッドリフトMAX200kg)
好きな有名人
長渕 剛 、清原和博

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